第57話 切り札
「ふ、笛!? お前、急に何をやって……!」
予想だにしないバルトロの行動。
それを目の当たりにしたトオルは、トドメを刺すことも忘れて度肝を抜かれてしまっていた。
道具を使うにしても笛? ポーションではなくて?
もう勝利は揺るがない状況ではあるのに、トオルの頭は混乱してしまう。
……ただの音の汚い笛なら問題はない。
だが、どう考えても普通の笛ではなさそうなので……嫌な予感がしたからこその混乱だ。
「……予定変更だ。ハァ、本来なら領主軍への切り札だったが……仕方ねえ」
と、乱れた息でバルトロが言う。
胸を貫かれても不敵な笑みを浮かべたバルトロの手から、吹いたその笛は形を崩して、砂のようにこぼれ落ちていく。
「計画も俺の海賊団もめちゃくちゃにしやがって……! 後悔しても遅えぞ、黒髪の小僧!」
そして、バルトロが叫ぶと同時。
ゴゴゴゴォ! と、得体の知れない魔力の波動が洞窟内に届くとともに。
海から波が押し寄せてきたと思いきや、今度は洞窟を揺らす震動まで響いてきた。
「な、何をした!? 切り札ってお前……というか、このヤバさの極みみたいな空気は!?」
「ハッ、テメエの目で直接、見てみろよ。海賊としての俺のプライドをよくもへし折りやがって……! 神に祈って死にさらせ!」
瞬間、洞窟の入口の方から現れたそれ。
立ち位置的にはちょうどバルトロの後方。つまりトオルにとっては真正面にあたり――その姿はバッチリと見えた。
――一言で言えば巨大。
海賊船が入れるため、この洞窟は水深も天井高さもかなりあるが……。
それを三分の一近く埋めるほどに、超重量のその体は大きくてぶ厚かった。
「わ、ワニか、コイツ!?」
現れた生物、改めワニの姿をした超大型の魔物を確認して。
あまりの威容に思わず後ずさり、トオルは呆然と見上げてしまう。
体長はおよそ三十メートル。体高も十メートル近くあり、あのグランドドラゴンが子供に思えるほどのサイズだ。
「――『服従の魔笛』。失われた技術と呼ばれる、古代の魔道具の一つだ」
呼び寄せた本人であるバルトロの声はトオルにしか聞こえない。
いきなりの超大型の魔物の登場に騒然とする洞窟内。
ケガは負っても全員生存のトオル隊の面々も、数少ない海賊たちの生き残りも、
皆一様に、洞窟に入って来た巨大なワニの魔物に視線を集中させている。
現時点でその正体を知る者はバルトロ一人だけ。
笛に呼ばれて現れたのは――アルヘイムの海には存在しない怪物だった。
◆
(冗談キツイぞ! 何だこの巨大ワニは!?)
トオル隊vs海賊連合の戦い。
洞窟内で勃発したこの戦いに乱入するように、巨大なワニの魔物が海から現れた。
……凄まじいサイズ感と圧力だ。
これまで多くの魔物を相手にしてきたトオルにとっても、色々な意味で過去最大の相手だった。
「……終わりだ。コイツは魔法に滅法強え。賢者のお前にとっちゃ相性最悪の相手だ」
貫かれた胸を手で押さえつつ、不敵な笑みを浮かべたままのバルトロ。
この超大型の魔物こそが切り札。
伯爵が乗る領主軍の軍艦を沈めるために、わざわざ外洋から引っ張ってきたものだ。
一度でもその大きな顎で噛みつかれれば……船などひとたまりもない。
まさに怪物と呼ぶに相応しい、この超大型の魔物のステータスはというと、
【名前】 メガロジョー
【種族】 クロコダイル族
【HP】 1222/1222
【MP】 651/651
【攻撃力】 1054
【防御力】 1095
【知力】 390
【敏捷】 403
【スキル】
『牙鰐挟撃』
『魔法半減』
『全攻撃スタン』
巨体ゆえに敏捷こそ低いが、圧倒的なHP、攻撃力、防御力を誇る。
またバルトロの言った通り、『魔法半減』で魔法攻撃に滅法強く、リッチ級のトオルとは相性最悪となる相手だ。
「トオル殿!」
「「「「「トオル隊長!」」」」」
重い一歩で洞窟や海面を揺らしながら、トオルに接近するメガロジョーを見て。
マルコや村人たち、海賊団の船長と交戦中の犬猿雉トリオやウーゴさえも、心配からトオルの名を叫ぶ。
「死ね、黒髪の小僧! 海賊にケンカを売ったことを後悔しながらなァ!」
自身は重傷を負って敗北濃厚でも、結果的に勝利を確信したバルトロは吼える。
そんなバルトロの声と、メガロジョーの姿を正面から受け止めて。
トオルはただただ冷静に言う。
すでに驚きはどこかへと消え去り、むしろ微かな笑みを口元に浮かべながら、
「……いや、どうやらそれは無理な話だ」
その瞬間。相対していたバルトロは聞いて、見た。
奇妙な音が三回、鳴ったことを。
さらにはトオルの全身が一瞬、強烈に光ったことを。
「は?」
そして感じ取った。
魔道士タイプ特有の溢れる魔力の雰囲気が、正反対の物理タイプの力強い雰囲気にガラリと変わったことに。
「魔法が効かないなら……やることは決まっているぞ」
トオルは今度こそ、明確にハッキリと笑った。
と同時、目と鼻の先に迫るメガロジョーより先に動く。
氷の海面を蹴って飛び上がると、間にいるバルトロを越えてメガロジョーに迫り――。
ドズン! と槍を一突き。
グランドドラゴンよりも硬い鱗に魔鉄の槍を突き立てて、一気に引き抜けば派手な血潮が宙に噴き出す。
「ば、馬鹿な!? テメエの攻撃力でなぜ……!」
ありえない事態に獅子の目を見開くバルトロ。
大剣での打ち合いは何度もしていた。
だから魔法よりも遥かに劣るトオルの槍の威力は知っている。
にもかかわらず、約1100もあるメガロジョーの防御力を貫いた。
その状況に混乱するバルトロであったが、次に目に飛び込んできたのは……さらにおかしい攻撃だ。
「『牙鰐挟撃』」
メガロジョー唯一の攻撃系スキルを、トオルが発動。
通常なら牙が赤く染まる強力な一撃だ。
それが虚空に現れた赤いオーラの大顎に形を変えて、再現された一撃はメガロジョーに直撃する。
『グラァアアア――ッ!』
たまらず悲鳴を上げる本来の使い手。
上から破壊力抜群の顎で頭を噛まれて、槍の攻撃とは比較にならない大量の血が流れていく。
「……まあ、最初は焦ったけども。もし用意するなら、お前よりもステータスが高いもっと格上を用意すべきだったな」
パッシブスキルの『全攻撃スタン』の効果もあり、少しフラつくメガロジョーの頭の上で。
コピーに成功してメガロジョー級となったトオルは、立て続けに槍での攻撃を一方的に行う。
まったく同じステータスなら、小回りが利く小さい方が有利。
ましてパパラッチ分の上乗せ分があるため、この戦いでのトオルの勝利は揺るがない。
「あ、あり得ねえ! 何なんだ、テメエは!?」
「だからパパラッチって言っただろ。こちとら能力の変更が効くんでな!」
――そこから始まった、トオルによる本格的なメガロジョー討伐。
頭を激しく振られて下に落ちようとも関係なし。
今度は巨体を支えている、岩場に置かれた足に攻撃を集中させる。
「チィ! これ以上、好き勝手させるかよ!」
そこでメガロジョーの援護をしようとバルトロは動くも――それを止めたのは二人の村人だ。
「邪魔はさせないでしゅ!」
「もうお前の相手はトオル隊長じゃねえし!」
クラーケン級のドゥッチョとメタルガーゴイル級のウーゴだ。
まだ交戦中のフィリッポとガスパロよりも、一足先に船長を下した二人がバルトロのもとへ。
本来なら二対一でも最上級職(レベル38)の相手は厳しい。
だが手負いの状態であるため、逆に押し込むことができている。
(ざ、けんな……! 獅子王と畏怖される俺が村人なんざに……!)
血を流しすぎ、大きく動きが鈍ったバルトロに成す術はない。
ドゥッチョの『黒煙墨』でスキルの成功率も半減。
さらに直接物理に強いウーゴの真っ向勝負に、確実にその斬撃を被弾していき――。
ズズゥウン! と、メガロジョーが沈むのと時を同じくして。
アルヘイム一の海賊は――村人の手によって正義の鉄槌を下されたのだった。




