第56話 パパラッチvs守護戦士
「……強いな。さすがは最上級職か!」
「そういうテメエもな。よくついてこれてんじゃねえか!」
洞窟の岩場や停泊した船からは少し離れた場所。
流れ込む海水が凍って氷の床となった上で、二人は激しい火花を散らせていた。
リッチ級パパラッチのトオルと、バルトロ海賊団船長のバルトロだ。
どちらも邪魔が入らないように、そして仲間を巻き込まないように。
凍りついた海水の上で、最初から全力の戦いが行われている。
その片方の全身を黄金色の毛に覆われたバルトロ。
海賊連合で唯一の最上級職である海賊は――身の丈ほどの大剣を振るう。
【名前】 バルトロ
【種族】 獅子人族
【年齢】 四十歳
【職業】 守護戦士
【レベル】 38
【HP】 1190/1190
【MP】 551/551
【攻撃力】 864
【防御力】 1110
【知力】 531
【敏捷】 707
【スキル】
『防具強化』
『光の盾』
『不動三倍撃』
最上級職の中でも圧倒的な耐久力を誇るステータス。
現在のトオルよりもレベルは2高く、総合値は100近く上回っている。
纏う鎧は魔鉄製で、大剣に至ってはミスリル合金製だ。
装備面でもオール魔鉄製のトオルを凌ぎ、獅子王という異名に恥じぬ実力と装備である。
――それらの要素から、トオルが押されると思われたのだが……。
(助かった。職業の相性的には……やっぱり悪くないの極み!)
今はリッチをコピーして魔道士タイプとなっているトオル。
最も恐れるべきは攻撃力と敏捷の二つが高い、例えば剣聖のような職業だ。
その点、バルトロの守護戦士はHPと防御力の特化型。
特に敏捷は707と、差は約20しか離されていない。
つまり、充分にやり合える。
高耐久力のバルトロの攻撃を回避あるいは『魔法障壁』で防ぎつつ、高い知力からの強力な魔法で削っていく、という流れだ。
(チッ。この黒髪の小僧、まさか職業は賢者じゃねえだろうな!?)
放たれた『氷魔法』の『氷突槍』の威力を見て、肝を冷やすバルトロ。
守護戦士として自分の耐久力には絶対の自信を持っている。
パッシブ系の『防具強化』の影響もあり、魔鉄の鎧は余計に頑丈でもある。
……それでも、直撃を受ければダメージは免れないトオルの魔法。
特に威力が高い『闇魔法』など、珍しさから初めてみるが……噂通りの凶悪さだ。
「『黒棘の鞭』!」
「『光の盾』!」
トオルが放った無数の棘を持つ漆黒の鞭がバルトロを襲う。
それを大剣ではなく集束させた光の盾で受けて、一発で砕かれてしまうも鞭の方も霧散していく。
「む! お前も盾系のスキルを使えるのか!」
「当然だ。俺を誰だと思ってやがる!」
時折、槍も交えた猛攻をしかけるトオルと、カウンター主体のバルトロ。
二人の勝負は一向につく気配はない。
トオルの方もほぼノータイムで展開できる『魔法障壁』があるため、低い防御力(といっても500超え)を補っている。
――その最高戦力同士がぶつかる、氷の戦場以外では……続々と決着はついていた。
数の利を覆した村人たちによって、多くの海賊たちが血を流して倒れている。
「テメエら一体、何者だ!? これだけの人数差で負けるわけが……!」
「何者かって? そりゃパパラッチとたくさんの村人だ!」
「あァ!?」
間合いがあいた瞬間、周囲を確認したバルトロとトオルが言葉を交わす。
バルトロの方は当然、かなりの衝撃を受けている。
一方のトオルは当然だと言わんばかりに、笑みを浮かべて力強く頷いた。
「お前らは俺たちに時間を与えすぎた。というかこの際、言わせてもらうけど! モフモフに悪党がいるなんて俺は認めないぞ!」
「チィッ!」
勢いに乗ったトオルは威力の高い『闇魔法』を連続で発動。
守護戦士の固い守りを崩すべく、すべて違う魔法を駆使する念の入れようだ。
それを自慢の防御力や『光の盾』でバルトロが防ぐ。
ほかの最上級職ならば、これだけリッチ級の『闇魔法』を受ければ厳しいが――守護戦士のバルトロは崩れない。
(焦る必要はねえ。俺もHPを削られちゃいるが、黒髪の小僧のMP切れの方が早え!)
仲間が倒されていることには動揺するも、バルトロはすぐに冷静さを取り戻す。
そして狙う。MP切れももちろんだが、自身の最高火力の一撃を。
魔法と斬撃の激しい応酬の中で、流れを読んで種を撒き――。
「『不動三倍撃』!」
「ッぐぉ!?」
『闇魔法』を耐えてのカウンターが一閃。
自分は一歩も動かずにトオルを引き込んでから、通常威力の三倍となるカウンタースキルを発動したのだった。
◆
バルトロの渾身の一撃を受けてしまったトオル。
『魔法障壁』はギリギリで張れたものの、一枚では足りずに突破されてしまい、
ミスリル合金の大剣の一太刀を、胸当ての上から叩き込まれてしまったのだ。
(くっ、ミスった! 不用意に攻撃的になりすぎたか!)
ここでトオルはたまらず距離をあける。
魔鉄の胸当ての上からでもダメージは入り、ステータスを確認するとHPは大きく削られていた。
「ハッ、甘えな。最上級職をナメるんじゃねえよ!」
「!」
一転、今度はバルトロが攻撃的に仕掛けていく。
ここが勝負時だと判断。激しい踏み込みから足元の凍った海水に亀裂を入れて、苛烈な大剣の斬撃を見舞う。
「ッ……!」
対するトオルは『魔法障壁』を張りつつ魔法で反撃していたが、ついにその魔法の反撃の手が止む。
代わりに増えたのが槍での攻撃だ。
また肝心の『魔法障壁』も使わなくなって……防御ではなく回避主体となっていた。
「ようやくMP切れか! 派手に撃ちまくりやがって――遊びは終わりだ、黒髪の小僧!」
勝負は決まった。魔法を使えない魔道士タイプなど恐れるに足らず。
トオルは腰に魔法袋を提げているも、そこからMPポーションを出させるほどバルトロは甘くない。
「あばよ。すぐにテメエの仲間もあの世に送ってやるよ!」
言って、捕食者の笑みを浮かべるバルトロ。
疲労から動きが鈍ったトオルに向かって、勢いよく上段から大剣を振り下ろす。
――ガキィイイン!
直後、甲高い金属音が洞窟内に響く。
それはトオルの魔鉄の胸当てに直撃……したわけではなかった。
「な!?」
その数十センチ手前。
張られた『魔法障壁』三枚に阻まれて、大剣は完全に振り下ろされずに止まっていた。
直後、障壁が砕け散る音が響くと同時。
いつの間にか槍を手放していたトオルは、魔道士タイプにもかかわらず、自ら間合いを詰めていく。
「『黄泉の手』」
そう呟いたトオルの右手。
ドス黒すぎるオーラを纏った右の貫手が――バルトロの胸にズプッ、と突き刺さる。
阻むはずのスキルで強化された魔鉄の胸当ても関係なし。
腕の長さ分の射程しかないその『闇魔法』は、相手の防具も防御力も無視して突き刺さったのだ。
「が、ハ……!?」
当たりさえすれば大ダメージ必至の凶悪な一撃。
トオルのMPが切れたと思い込んでいたバルトロは、自分の防御に絶対の自信があったからこそ、喰らってしまう。
――トオルの作戦勝ちだ。
わざとリスクを冒して『魔法障壁』さえも一時封印。
少しの敏捷の差なら問題ないと判断し、MP切れを装ってこの一撃を狙っていた。
「まあ実際、MPは尽きかけていたけどな。……リッチには『常時MP小回復』のスキルがあるんだよ!」
黒から血の赤に染まった腕を引き抜き、しっかりと距離を取るトオル。
攻撃は決まった。相手は明らかに大ダメージを負っている。
それでもさすがは最上級職、いや獅子王バルトロか。
ギリギリで反応して急所の心臓をズラして、貫かれたのはみぞおち付近だった。
「く……ソがァ! 小癪なマネをしやがって……!」
鋭利な牙が生えた口から、バルトロがドボドボと血を吐く。
怒りから獅子の鬣が広がり、重傷を負った状態でもトオルを威圧する。
だが、今度こそ勝負は決まった。
呼吸さえ苦しいバルトロに、徐々にMPが回復するトオルに勝つ術はない――そう思われた時だ。
――ビィイイイイ――!
「……は?」
突然、洞窟内に響き渡った不協和音。
それをやったのはほかでもないバルトロだ。
氷の戦場から逃げるわけでも攻めるわけでもなく、なぜか急に懐から取り出して、
勢いよく吹き鳴らした――謎の笛の音だった。




