第55話 三獣刃は舞う
「我が名はドゥッチョ! トオル隊の『三獣刃』の一人でしゅ!」
開いた天井から降り立ち、本格的な戦闘が始まった洞窟内にて。
邪魔な下っ端を蹴散らしたドゥッチョは、海賊団の船長の一人と相対していた。
「テメエ、チビ犬。……もうただで済むと思うなよ?」
律儀(?)にも名乗ったドゥッチョに対して、海賊団の船長は名乗らない。
すでに表情や声色から見ても怒り心頭だ。
襲撃を受けて最初に潰された自分の船の上、今やゆっくりと沈みゆく海賊船の甲板の上で、
襲撃者の一人であるドゥッチョを、隻眼の目で射抜くように睨んでいる。
「それはこっちのセリフでしゅ。自分たちが悪いことをしてるのに、逆恨みして伯爵を襲おうなんて許さないでしゅよ!」
「ハッ! だったらどうする。テメェなんかで俺を止められるかよ!」
そうやりとりをした直後、ぶつかり合ったドゥッチョと隻眼の船長。
隻眼の船長の職業は騎士だ。
同じ上級職の剣豪と比べると、HPと防御力に優れた職業である。
「へえ、力はあるじゃねえか。だが残念、相手が悪かったな。俺はバルトロを除けば一番強え海賊だ!」
叫び、隻眼の船長は魔鉄剣を振るう。
固有スキルの『五連斬突』も発動。
斬撃に刺突に、流れるような強力な連撃を見舞った――のだが。
「……なら、ちょうどよかったでしゅ。僕は運よくクラーケンをコピーできたでしゅからね!」
現時点ではトオルに次ぐナンバー2の実力の持ち主。
クラーケン級(オーガ級)の村人となった犬人族のドゥッチョは、その連撃を問題なく対処する。
剣は弾かれていない。なぜならステータスが相手よりも高いからだ。
「あァ!? テメェ何を言ってやが――ッ!?」
瞬間、ドゥッチョの左手から放たれた真っ黒い煙。
水分も多く含むそれが勢いよく噴射されて、虚を突かれた隻眼の船長の顔に直撃する。
『黒煙墨』。クラーケンの固有スキルの一つだ。
効果は見ての通りに目くらまし。
だがもう一つ重要な、相手のスキルの発動を阻害するという効果がある。
浴びればスキルの発動成功率が半分に。
一定の時間が経つと蒸発して消えるが、それまではずっと二分の一の成功率だ。
「隙ありでしゅ!」
そこへ約600の攻撃力からの斬撃が。
騎士の高い防御力を上回るその攻撃を受けて、隻眼の船長は脇腹に大きなダメージを負う。
「ぐぅ! ウザってえな……!」
とはいえ、さすがに一撃では倒れない。
持ち直した隻眼の船長は、『黒煙墨』に注意を払いながら戦いを続行。
ステータスでは劣っても何とか剣技で補って、ドゥッチョのHPを少しづつ削っていく。
「むむぅ! さすがは海賊の船長でしゅ! ならば!」
と、ここでまたドゥッチョがスキルを使った。
クラーケンのもう一つの『HP吸収』。
触れれば相手のHPを吸収できる効果があるが……それは武器でも可能だった。
斬ればそこから隻眼の船長のHPを吸収。
斬撃のダメージを与えつつ、スキルの効果によってドゥッチョは受けたダメージを回復する。
二人の二番手の戦いは――一気に形勢が傾いていく。
◆
「オイラが名はフィリッポ! トオル隊の『三獣刃』の一人ッス!」
ドゥッチョと同じく、フィリッポも海賊団の船長と交戦中だ。
舞台はこちらも海賊船の甲板。
ただこの船には被害がないため、沈みゆく中での戦いとはなっていない。
「……まったく邪魔を。腹立たしさを超えて呆れたな」
やる気満々な猿人族のフィリッポと対峙するのは、青白い顔の船長。
血気盛んな海賊とは思えない冷静な船長は、左手に魔鉄剣を持っている。
だが、それはあくまで防御用だ。
この青白顔の船長から放たれる攻撃は、すべて灼熱の火と荒れ狂う風だった。
「魔法ッスね! 魔道士、じゃなくて上級職だから大魔道士ッスか!」
「ご名答だ、チビ猿くん。分かったのなら死んでくれ」
『火魔法』と『風魔法』の二属性を駆使する大魔道士。
さらにパッシブ系の『使用MP半減』により、立て続けの魔法攻撃がフィリッポを襲う。
「フッ、甘いッスよ! リッチ級のトオル隊長の魔法と比べれば全然ッス!」
対して、シーサーペント級のフィリッポは剣と『流水銃』で対抗する。
ステータスの勝負ではフィリッポの勝ち。
襲い来る火球は剣で一刀両断し、風の刃は『流水銃』をぶつけて――威力の違いから青白顔の船長に届く。
「! 馬鹿な!? 撃ち合いで私が負けるはずが……!」
水のレーザーが纏う黒ローブを撃ち抜いた。
体の回避は間に合った青白顔の船長は、ダメージこそないものの額に冷や汗をかく。
勝っているのは連射力のみ。
知力と攻撃力からの威力勝負は負けており、属性の相性的にも、水に有利な『雷魔法』は使えない。
(なら威力重視の『風魔法』を……! いや待て、それでは距離を詰められてしまうぞ)
誰よりも冷静な青白顔の船長が、内心でそう迷い始めた時だった。
「オイラは猿人族ッスけど、『蛇睨み』!」
「!?」
一気に距離を詰めながら、フィリッポがもう一つのスキルを発動。
ステータス(の総合値)が低い者が相手の場合、数秒のみ動きを止められる優秀なスキルだ。
「クッ!?」
ただし、両者に大きな差があるわけでもなく、止めた時間はジャスト一秒。
それでもフィリッポには充分な時間だ。
隙が生まれた青白顔の船長の首に、魔鉄剣を横一文字に一閃する。
――結果は切断、とはいかず。
事前に纏っていた『風の羽衣』の魔法で、青白顔の船長は首を少し斬られるだけに終わった。
「……まあでも、今のでハッキリしたッス。特に油断さえしなければ、ってやつッスよ!」
「ッ!」
フィリッポはまた距離を詰めて、シーサーペント+村人の全力をもって仕留めにかかる。
◆
「我が名はガスパロ! トオル隊の『三獣刃』の一人だぜ!」
犬猿雉トリオvs海賊団の船長の戦い。
その中で最も激しい打ち合いとなっているのは、雉人族のガスパロとタトゥーだらけの船長だ。
戦場は同じく船の甲板。
シーサーペント級の村人と上級職の大槍士は、互いの剣と槍を何度も衝突させている。
……なぜか両者ともスキルは一度も使っていない。
純粋な斬撃と刺突だけで、モフモフでおチビな体とタトゥーだらけの大柄な体がせめぎ合う。
「お前なんか剣一本で倒してやるぜ! そっちの方がカッコイイしな!」
「ガハハ! 面白い。やってみやがれ、雉野郎!」
ほかの戦場などお構いなし。
熱くたぎる二人だけの世界に入り込み、フィリッポは首を、タトゥーだらけの船長は心臓を狙う。
そんな接近戦でスキルなし縛りの勝負は――じわじわとフィリッポが押し始める。
シーサーペントのステータスだけなら、まったくの五分。
レベル25の村人の上乗せ分だけ上回ったことで、武器の技量の差を埋めて、わずかにフィリッポの剣が勝っていた。
「ぬおおおっ!」
「ウォオオオッ!」
もはやここまでくると意地だ。
男同士の戦いは、船がどれだけ傷つこうとも関係なしである。
――こうして、激闘が繰り広げられる海賊団の船長との一対一。
下っ端海賊&幹部vs元捕らわれの村人たち(+マルコ)の乱戦とは違う、より高いレベルの戦いだ。
……だが、それらすべてが霞むほどに。
海賊船が停泊する、湾のようになった洞窟の凍りついた海の上では、
トオル隊と海賊連合――その最高戦力同士の衝突がすでに始まっていた。




