第51話 島での強化
「さて、じゃあ始めますか」
海に浮かぶ巨大な無人島。
そこに集いし海賊たちの企み、アドルナート伯爵の襲撃計画を止めるべく、トオルたち十八人は動き出した。
――期限まではあと三日。
イザベリスのスタンピードの時よりは一日長い猶予がある。
この間に犬猿雉トリオを含む、十五人の村人たちを強化して戦いを仕掛けなければならない。
「とにかく片っ端からいきますか」
というわけで、まずは発見を遅らせるべく、返り討ちにした海賊を物置小屋に入れてから。
小屋がある拓けた場所から鬱蒼と茂る木々の中へ。
島の中央は山となっていて、おそらくは中央に進むほどに強い魔物がいると思われる。
『――グギャギャ!』
「ん? 最初はお前かよ。本当にどこでもいるんだな」
大きな集団となったトオルたちの前に現れたのはゴブリンだ。
……ただ正直、今の状況ではありがたい。
最弱を誇る緑色の小鬼を前にして、リッチ級のトオルが一人、威圧しながら十メートル圏内へ。
《発見した魔物をどちらで撮影しますか?》
そしてすかさず『村人フィルム』で撮影。
自分から出てきたくせにビビって尻餅をついて固まるゴブリンを見下ろしながら、トオルは最初のコピーを行う。
一人目に選択したのはウーゴだ。
十二人の中で最も強い瞳(と強烈なクマ)をした少年。
また数少ない剣術の心得もあるウーゴに、ゴブリンのステータスをコピーさせた。
「うおっ!? 本当に力が漲ってきたし……!」
と同時、驚きで自分の両手を凝視するウーゴ。
事前にマルコから説明(トオルよりも説明上手)を受けているため、今、自分に何が起きたのかは理解している。
「よし入ったな。じゃあ、ウーゴ。最初だったお前にリーダー役を任せるぞ。皆を纏めてくれな」
「え、俺が? ……わ、分かったし」
「あとそうだ。レベルアップのためにこのゴブリンはウーゴが倒すんだ。村人でも塵も積もれば山となる、だぞ」
「お、おうだし!」
ついでにリーダー役も任せて、トオルはウーゴの戦いを見守る。
武器はないので棍棒を奪わせてのタコ殴り。
自分も通った道を通らせて、トオルたちは次の魔物を目指して島を進む。
『『グギャギャ!』』
次に現れたのもまたゴブリンだ。しかも二体同時である。
一体目に続いてあっという間に遭遇したので、やはりネロの言った通り、魔物は多い島だと思われる。
「んじゃ、さっきと同じだな。次の二人もゴブリン級だ」
そしてまたパシャパシャパシャ! と。
撮影・保存しコピーして、自分たちの手で倒させる。
初めて武器を持ったという者も全員同じだ。
ステータスの強化と並行して、少しでも戦闘を経験させて慣れさせていく。
――そんな感じで、強化すべき者が多いのでどんどんと強化作戦は進む。
格上すぎてコピーさせられない場合は後回しだ。
足だけ潰してあとでコピーさせるため、殺さずにその場に留めておく。
(なるべく全員を均等に強化したいけど……。まあ、そこは仕方ないの極みか)
どうしても遭遇する魔物にはバラつきがあるため、差は出てきてしまう。
それでも一人一人が確実に、ただの村人から段階を踏んで強くなっていく。
……まだ三日あるうちの一日目だ。焦る必要はまるでない。
そもそも強化にバラつきはあるも、至って順調なのだ。
もし心配があるとすれば、自分たちの存在が海賊側にバレることである。
「ふむ。これは風向きが変わってきたか?」
「でありますね。魔物の数も種族も多いのであります」
「これがパパラッチの能力かぁ。自分、初めて漁師よりも村人になりたいって思ったよ」
もし上手くいかなければ、作戦変更も考えていたトオルたち。
ウーゴたちは戦闘に加えずに、一か八かで船を一隻、奪って逃げる算段だったが……。
今の調子ならきっと大丈夫。戦力的には揃いそうな予感があった。
「といっても、まだまだだ。この三日で必ず精強な村人軍団を完成させるぞ!」
海賊団との戦いに備えて、トオルたちは島を中へ中へと入っていく。
◆
「た、大変だ! 船長! 大変なことが起こりやしたぜ!」
アルヘイムの水平線に日が沈みつつある頃。
一人の下っ端海賊は、慌てて五隻の船が停泊している洞窟内に戻って来た。
「あン? どうした。大変大変っておメエ……なんか異常でもあったのか?」
戻って来た下っ端に、同じ海賊団の船長が眉をひそめて反応する。
もうすぐ五つの海賊団の船長会議が行われるため、部下の報告を聞くヒマはあまりないのだが、
「船長、緊急事態ですぜ! 捕まえといた村人どもが物置小屋から消えました!」
「何だと!?」
昼に見回りにいった仲間が戻らず、不思議に思って確認しにいってみたら。
捕まえて閉じ込めていた物置小屋はもぬけの殻。
十二人の新成人の村人たちは全員、姿を消していた。
逆にそこにいたのは、見回りにいったはずの仲間の死体だ。
首を深く一撃で斬り裂かれて、隠すように小屋の中に転がっていた。
「クソッ! どこのどいつだ!? せっかく集めたウチの商品を……!」
「もしやガキどもがやったのでは? 十二人もいれば隙を突いて――」
「んなワケあるか! 考えてからモノを言いやがれ! どこの世界にレベル20の剣士を殺せる村人がいる!?」
「す、すいやせん……!」
せっかくの苦労が水の泡となり、一気に荒れる海賊団の船長。
三日後の昼には領主軍との戦いが待っている。
そちらに集中したいというのに、とんだ不測の事態が発生してしまった。
「おいおい、大丈夫か? ガキどもはお前んとこの商品だろ?」
「ガハハ! 本番ではしくじらないでくれよ?」
「……やれやれ。弱さゆえの面倒事か」
「ッ! テメエら……!」
と、荒れる船長に声をかけたのは、ほかの海賊団の船長たちだ。
大多数を占める下っ端とは違う圧力と雰囲気。
装備している武器も防具も、下っ端や幹部クラスとも違う上等なものだ。
「しくじるなだと? 弱いだと? ……なら本番前に試してみるかよ?」
船長同士のその会話で、不穏な空気が洞窟内に生まれてしまう。
同じ目的のもとに集まったといっても、別に仲間ではないのだ。
互いに何か気に食わないことがあれば、金銀財宝と同じく命を奪いあってもおかしくはない。
「――オイ、やめろ。くだらねえことで争ってんじゃねえ」
その一触即発な空気を止めたのは――全身が黄金色の毛に覆われた男。
バルトロ海賊団船長のバルトロだ。
獅子王の異名で恐れられる獅子人族の海賊は、ほか四人の海賊団の船長たちを静かに一喝した。
「ッ……ああ、そうだな。戦力を削り合っても仕方ねえか」
対して、すぐに喉元まで出ていた刃を引っ込める船長。
上級職である船長同士に明確な優劣はない。ただし、バルトロだけは自分たち四人の船長とは違う。
すなわち、選ばれし最上級職だ。
守護戦士。屈強な戦士系の頂点に位置する職業である。
海賊なのに守護とかどういうわけだ……と笑った者は、バルトロの前で命を失うことになるだろう。
そんなバルトロはため息をつくと――威厳たっぷりに船長に指示を出す。
「島にネズミが紛れ込んでやがるようだ。さっさと自分のケツは自分で拭いてきやがれ」




