第49話 海賊の島
(え!? あいつ今……伯爵の首とか言わなかったか!?)
アルヘイムの海に浮かぶ島の一つ、その洞窟内にて。
なぜか集結していた五つの海賊団を確認したトオルたちの耳に、衝撃の情報は入ってきた。
アドルナート領の領主であるアドルナート伯爵の殺害計画。
最初は聞き間違いかと思ったが、そのあとも続いたほかの海賊たちの言葉もあって――間違いではないと知る。
「(これはまた……。トンデモない現場の極みに出くわしたな)」
岩陰に隠れつつ、さらに聞き耳を立てるトオルたち。
酒が入っているのか荒々しくも上機嫌な感じで、停泊した海賊船の近くにいる海賊たちはペラペラと喋っている。
――それらの情報を要約すると次の通りだ。
襲撃は伯爵が島の視察(年に一度)で海に出てから。
決行日は伯爵の予定通りなら三日後の昼頃。
得意な海上戦を仕掛けて、海賊への締め付けを強化した邪魔な伯爵を海の藻屑とする。
「問題はクソ伯爵のガキどもか。剣聖と女聖騎士の二人が要注意だ」
「とはいえ、こっちも戦力は揃えたからな。勝ち目は充分すぎるほどあるぜ」
……襲撃を企む海賊たちが警戒するのは、護衛を務めるだろう二人の最上級職。
長男のリカルドと長女のカーティアだ。
アドルナート領主軍にはほかに最上級職はいない。
だから剣聖と聖騎士のこの二人さえどうにかすれば、伯爵の首は討ち取れる計算である。
そのための五つの海賊団の集結。計二百十五名の大戦力だった。
「(や、ヤバくないか? さすがにこれを見過ごすわけには……)」
「(しかしトオル殿。我々五人だけでは……戦力がまったく足りないのは明白であります)」
もう顔見知りになったアドルナート伯爵に迫る危機。
加えて、本当に結婚相手なのかどうかは別にして、好意を寄せてくれているカーティアにとっても大ピンチだ。
楽しげに話す海賊の中には、「あのお嬢様だけは生け捕りにして皆で楽しもうぜ!」と、悪党の定番のセリフを吐く者もいた。
(全部は無理でも、ここで一隻くらいは……。いやでも待て。島で逃げ場はないし、そもそも地形もちゃんと把握していない状況じゃ……)
ぐるぐると思考を巡らせるトオル。
今の自分たちの戦力と海賊団の戦力を天秤にかけて、どう戦えば勝てるかを考えるが……。
二百名を超える海賊たちの総戦力。
バルトロ海賊団船長のバルトロ(最上級職)を筆頭に、一つ格下の上級職が全体の一割、最低でも二十名はいると考えても……かなり厳しい。
――ちなみに、現在のトオルたちの戦力を整理しておくと、
【名前】 篠山トオル
【種族】 人間
【年齢】 二十五歳
【職業】 パパラッチ
【レベル】 36
【HP】 1012/1012
【MP】 1040/1040
【攻撃力】 531
【防御力】 525
【知力】 1087
【敏捷】 688
【スキル】
『モンスターパパラッチ』
『パパラッチギフト』
『氷魔法』
『闇魔法』
『魔法障壁』
『常時MP小回復』
リッチ級(+パパラッチ分)のトオルはすでに最上級職の強さを誇る。
相手のレベルにもよるが、大体同じレベル帯の最上級職なら充分に勝てる可能性がある。
そのトオルに次ぐ実力の持ち主、犬人族のドゥッチョはというと、
【名前】 ドゥッチョ
【種族】 犬人族
【年齢】 十五歳
【職業】 村人
【レベル】 25
【HP】 581/581
【MP】 399/399
【攻撃力】 574
【防御力】 485
【知力】 348
【敏捷】 520
【スキル】
『流水銃』
『蛇睨み』
一人だけシーサーペントをコピーしたドゥッチョは、上級職の平均レベルよりもかなり上。
村人分の上乗せにより、北の森で最強のオーガに匹敵する強さだ。
バルトロを除く海賊団の船長や幹部が相手でも、一対一ならほぼ確実に勝てるだろう。
続いて、犬猿雉トリオの残り二人を代表して、猿人族のフィリッポはというと、
【名前】 フィリッポ
【種族】 猿人族
【年齢】 十五歳
【職業】 村人
【レベル】 25
【HP】 510/510
【MP】 205/205
【攻撃力】 512
【防御力】 384
【知力】 149
【敏捷】 460
【スキル】
『鎌鼬』
『斬れ味倍加』
『聖属性(小)』
一つ先をいったドゥッチョには劣るも、こちらも上級職の平均レベルよりは上。
今なら怨敵だった職業暗殺者の腕狩りと戦っても、勝てるほどの実力を持っている。
フィリッポもガスパロも一対一であれば、やはり獅子王バルトロ以外なら勝てるはずだ。
(……んで、マルコはせいぜいオーク級二体の相手が限界か。ジャイアントスパイダー級は厳しいとなると……下っ端しか相手にできない、と)
残るマルコは下級職の剣士でレベルは22。
地味に強くなって平均以上の強さはある。……だが、それはあくまで比較対象が下級職の場合だ。
「(自分は戦いは全然だよぉ。この状況じゃ足手まといにしかならないかぁ……)」
職業が漁師のネロは論外だ。
ステータスは村人やパパラッチよりも少し上な程度なので、下っ端一人さえ倒せない。
――以上がトオルたち側の戦力だ。
もしまともに正面からぶつかり合えば、海賊団一つしか壊滅させられないだろう。
「(といっても、やっぱり無視するわけにはいかないぞ。……ネロ、この島に魔物はいるか?)」
「(あ、うん。大きいから相当な数と種類の魔物がいると思うよぉ)」
「(よし、ならオーケーだ。少しでも三人を強化できればいいけど……)」
ネロの言葉を受けて、トオルは決心した。
強化できるのなら犬猿雉トリオのさらなる強化を。
さすがにリッチより格上の魔物は島にいないだろう。だから戦力アップを図るなら、この三人以外にいない。
こうして、海賊たちの計画を知ったトオルたちは、バレないように洞窟内を戻っていった。
◆
百を超える島々の中でも、トップクラスの大きさがある島。
洞窟を出たトオルたちは、その外周である不安定な岩場を進む。
(やっぱり外周には……全然いないか)
波が激しくぶつかるこの岩場地帯に魔物の姿はない。
ゆえに島の内部、鬱蒼とした木々が生えている山の方に入らなければ、魔物と遭遇することすらできないのだ。
「おっ、助かった! やっとあったぞ、皆!」
と、しばらく歩いたところで、先頭をいくトオルが道を発見した。
ようやく終わった島内部への侵入を防ぐ断崖絶壁。
見つけた道は細いうえに急傾斜ながらも、たしかに島の内部へと続いている。
「どうやら入れそうなのはこの道しかないのであります」
「そうだねぇ」
当然、その唯一の道を進むトオルたち。
するとすぐに小さく拓けた場所に出て――そこにポツン、と。
人の手が入っているとは思えない大自然な無人島に、違和感丸出しの木造のそれが存在していた。
「何だあれ? 物置小屋みたいだけど……って、ううん?」
その時だ。
島の中に入って、波の音に代わって聞こえたボソボソ声。
それは発見した木造の小屋の中から聞こえてきて、今もまだボソボソと声が届いてきている。
……もしや海賊だろうか? 洞窟との距離的にはそこまで離れていないから充分にあり得る。
「「「「「…………、」」」」」
ふと目を見合わせてから、静かにうなずいた六人。
トオルたちはその木造の小屋に向かって、恐る恐る近づいていくと――。
「え?」
呼吸を整えてから、建付けの悪い扉を勢いよく開け放ってみたら。
そこにいたのは恐ろしい海賊――とは真逆の、怯えた顔の十二人の少年少女たちだった。




