第46話 行商船クルーズ
「おほおー! こりゃ風が気持ちいいな!」
翌日。
屋敷の執事に勧められた宿(平均価格帯の穴場)に泊まったトオルたちは、街を下りて海の方へ。
その一角にある港に停泊していた船に乗り、波に揺られて海の上を進んでいた。
乗船したのは行商船だ。
木造でマストが三本ある立派な帆船のこの船は――実は伯爵から紹介されたものだったりする。
昼食を食べながら、犬猿雉トリオが船に乗ってみたいと言ったところ、
「ならば知り合いの行商の船に乗るといい」と、伯爵がすぐに話をつけて、乗せてもらえることになったのだ。
「ありがとうございます。船に乗れるのは貴重な体験ですからね」
「ははっ。伯爵の頼みとあらば断れないからな。ま、坊主たちは相当強いって聞くし、ついでに護衛してもらえるなら万々歳さ」
そうトオルの感謝に答えたのは、アルヘイムでも有名な商人の一人だ。
せっかく船に乗るのならと、伯爵が気を利かせて最も大型の船に。
乗員が四十人近くいる、アルヘイムに三つしかない立派な船である。
……ちなみに余談ではあるが、昨日の昼食時にカーティアも一緒に乗ると言い出したところ、
剣術の稽古があるからと、従者のオスカルに止められていた。
そのカーティア本人は……もうトオルを夫確定と考えているようだ。
一方、伯爵はじめ両親や兄弟たちはというと、
実力も人柄も充分ではあるが、まだもう少しだけ見極めさせてほしいと、夫候補筆頭に留まっている。
「……つうか俺の意見は? 全然、言える雰囲気じゃなかったの極み……」
カーティアは間違いなく美女である。そこに疑いの余地はない。
元の世界の芸能人を含めても、容姿だけならトップクラスの美貌の持ち主だ。
とはいえ、まだまだ異世界を旅したいトオル。
心のシャッターに異世界の風景を収めたいので、結婚など全然、考えていないのが本音である。
――とにもかくにも、トオルたちは船旅を楽しむ。
アルヘイムの港を出ると、街からも見えていた多くの島々の姿も大きく確認できるようになった。
「多いですね。全部でいくつの島があるんですか?」
「ま、軽く百以上はあるな。馬鹿デカイものから屋敷一つ分の小さいものまで様々だ」
「へえ、なるほどです」
トオルのイメージとしては瀬戸内海か。
特に内海というわけではないが、島の数はとにかく多い印象だ。
「ところで商人殿。海の魔物はやはり多いのでありますか?」
「ああ、数は多いぞ。ただ海中に潜るとかならまだしも、普通に船で進んでいればあまり遭遇しないな」
次にマルコの問いに答える中年商人。
海は基本的に、陸上でいう森や山のように魔物は多い。
だからよほどの浅瀬でもない限り海に入る文化はなく、せいぜい釣りを楽しむくらいだ。
「ま、それより気をつけるのは海賊だな。特にバルトロ海賊団あたりは絶対に会いたくないぞ」
「……海賊ですか。たしかに、賊は陸だろうと海だろうと嫌ですね」
ふと脳裏に腕狩りの顔が浮かんでしまったトオル。
嫌な気分になってしまったので、広がる青い海と、その海を眺めてはしゃぐ犬猿雉トリオを見て癒される。
そうして、行商船の目的地である、大きな有人島を目指してゆったりと進んでいたら――。
「うん? あれって……何かまずくないか!?」
進行方向にぽつぽつと見えた船団。
トオルたちが乗る行商船よりも小さいそれらの近くに、明らかにヤバそうな生物が突然、海から顔を出したのだ。
通常の海の生物にしては大きく、そして凶暴そうに見える。
蛇のような見た目のその生物は、船団に向かって大口を開けて威嚇の声を上げた。
「いやあれ、絶対に普通のじゃないだろ!」
トオルは異世界の海に初めてきたが――その生物は明らかに魔物だった。
◆
「まずいぞ! 襲われているじゃないか!」
突然、海から現れたのはやはり魔物だった。
ぽつぽつといる船団の一つに、巨大な蛇のようなその魔物が襲いかかったのだ。
……襲われているのはおそらく漁船だ。
船のサイズや武器を取って戦う感じもないことから、抗うことすらできない一般人だろう。
(どうする!? このままじゃ絶対に間に合わないぞ!)
進行方向に漁船はいるも、追いつくのを待つ時間はない。
ならばどうするか。船の上から海を見下ろしたトオルは……すぐさま覚悟を決めた。
「ちょっといってくる!」
「と、トオル殿!?」
「おい坊主!?」
マルコと商人の声が発された時、すでにトオルは船から飛び下りていた。
足元は海。だが多分、大丈夫だ。
今のトオルはリッチ級のパパラッチ、つまりリッチの魔法を使えるのだから。
「『瞬凍却』!」
トオルが海に落ちる寸前、パキパキィ! と海の表面が凍りつく。
単純に周囲を凍らせる『氷魔法』を発動し、大人一人分くらいなら支えられる氷の床を造り出した。
さらに間髪入れずに二発目を発動。
不格好ながらも直線の道を作り、その上をトオルは走っていく。
(間に合え! 全滅だけはさせるかよ!)
すでに何隻かは沈められている。
魔法と全力疾走を同時に行いながら、トオルは海に作った氷の道を進み――ついに魔物との距離が十メートル圏内に。
と同時。巨大な蛇のような海の魔物は、急接近したトオルの方に牙と視線を向ける。
【名前】 シーサーペント
【種族】 サーペント族
【HP】 501/501
【MP】 344/344
【攻撃力】 510
【防御力】 432
【知力】 308
【敏捷】 465
【スキル】
『流水銃』
『蛇睨み』
ステータス的にはオーガの一つか二つ格下。
そして現在の犬猿雉トリオの異名持ちマンティスと比べると、逆に一つか二つ格上くらいだ。
《発見した魔物をどちらで撮影しますか?》
天の声はそう言うので、どうやらコピーはできるらしいが……。
(距離的な問題はない、のか?)
今、海に立つトオルと行商船に乗った犬猿雉トリオは五十メートル以上離れている。
いつもは近くにいるため気にしていなかったが、きちんとコピーできるのだろうか?
「まあいいや。とりあえず『村人フィルム』で! あと対象はドゥッチョで!」
『――ジャララァア!』
狙いをトオルに変更したシーサーペントが口から『流水銃』を放つ。
その直前、トオルは新たな氷の足場を作り出す。
破壊された氷の隣の足場に飛び移り、同時に海に沈む危機も脱した。
(さて、ドゥッチョの方にはちゃんとコピーされたか?)
チラッと船の方を見てみると、船首にいるドゥッチョだけ驚愕の表情になっている。
……つまりは成功だ。
トオルは右手で『魔法障壁』を張りつつ、反対の左で親指を立てると、
それを見たドゥッチョも親指を立てて、成功の合図をトオルに返した。
「よし。じゃあもうお前に用はないぞ。――『黒三日月』!」
トオルは『闇魔法』を一閃。
放たれた黒い三日月状の斬撃は、シーサーペントの首を一撃で斬り落とした。
「「「「「うおおおおおおッ!?」」」」」
アルヘイム近海の暴君、恐怖のシーサーペントが瞬殺されたのを見て。
生き残っていた漁師たちは、驚き混じりの野太い歓声をトオルに送ったのだった。
これまでに登場した魔物の強さの並びです。
リッチ
グリムリーパー
グランドドラゴン
オーガ
シーサーペント
異名持ちマンティス、デュラハン
異名持ちオーク、ミノタウロス
ケーブナーガ
ジャイアントスパイダー、ブラッドベア、マミー
オーク、トレント
レイス
ギャングウルフ
ワイルドボア、キラーラビット
グール
ゴブリン、コボルド、スケルトン




