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第45話 港街アルヘイム

「絶景かな絶景なり。ナイスフォトスポットの極みだぞ!」


 アドルナート領の領都、港街アルヘイム。

 海に面したその大きな街は、王国でも有数の美しい街と言われている。


 海岸線から傾斜のついた土地に建ち並ぶ家々。

 屋根はすべて赤茶色で統一されて、海の青との対比がまた美しい。


 上から見下ろしても、下から見上げても絶景。それが港町アルヘイムである。


「さて。じゃあこの景色を楽しみながら向かいますか」


 街を見下ろしながら、トオルたちを乗せた馬車が城壁の門の一つへ。


 通行許可待ちの列に並ぶと、十分ほどで街の中に入場。

 そうして馬車から下りたトオルたちが、坂道を下って目指すのは――街の中心(中段)にある建物だ。


 領主であるミケーレ=アドルナート伯爵。その一際大きくて豪華な屋敷である。


「――すいません。ちょっと伯爵様に渡したいものがあるのですが……」

「む、誰だ? 面会の約束はしているのか?」

「あ、いえ。特に何もしていないのですが……」

「ならダメだ。いきなり屋敷に押しかけてきて渡したいものがあるなど――って、ちょっと待った!? まさかお前は!?」

「え?」


 屋敷の門まで来て、筋骨隆々な門番に話しかけたところで。


 すぐに門前払いされた、と思いきや、門番はトオルの顔をまじまじと見て慌て始めた。


「黒髪黒眼! あと顔の傷も! お前、いやあなたはトオル殿ですか!?」

「あ、はい。そうですけど……何で知っているんですか?」


 突然、そう問いかけられたトオル。


 ……トオルは知る由もない。

 アドルナート家長女のカーティアが、屋敷に関係する者全員に、圧倒的夫候補のトオルの特徴を伝え済みだということを。


 ――と、その時だった。


「おおっ! そっちから来てくれたのか! 久しぶりだな、我が夫確定のトオルよ!」

「ん? ……あ、カーティアじゃないか」


 トオルが門番とのやりとりをしていたら、広大な庭を真っすぐ走ってくる女が一人。


 カーティアだ。

 相変わらずの美しい金髪、白い肌、内斜視気味の碧眼、モデル体型という美貌で、これまた相変わらずの猛ダッシュで門までくる。


「トオル! よく来たな。家族一同歓迎するぞ!」

「お、おう。久しぶりだな。実はちょっと忘れものを届けに――」

「さあさあ入った! もちろんほかの四人もだ! 我が夫確定のトオルの仲間なら大歓迎だぞ!」

「ちょ、落ちつけカーティ……って、夫確定!?」


 ぐいぐいと腕を引っ張ってトオルを連れていくカーティア。


 マルコたちはその二人の後ろを困惑気味についていく。

 門番からも「どうぞお入りに」と言われたので、背筋をピンと立てて庭を進む。


(あれ? おかしいな? 俺の記憶がたしかなら、まだ俺は夫候補のはずじゃ??)


 冷や汗をかいてそんなことを思うトオルを筆頭に――五人はアドルナート伯爵家の屋敷に招かれたのだった。



 ◆



「初めましてだな。娘から君のことは聞いている」

「お会いできて光栄です。インザーギ領のカンナ村から来たトオルと申します!」


 カーティアに引っ張られたまま、あれよあれよと屋敷に入って。

 トオルたちが通されたのは、大きな窓から海が眺められる応接間だ。


 そして今、ソファを隔てて目の前にいるのは、ほかでもないアドルナート伯爵である。


 インザーギ伯爵と同じく、五十四歳とは思えない屈強な体つき。

 かつ容姿端麗でダンディな外見は、さすがカーティアの父親といったところだ。


「イザベリスでは娘が迷惑をかけたようだな。……改めて父親として謝罪させてくれ」

「い、いえ。お気になさらずに! むしろ最上級職の聖騎士の力を見られていい経験でした!」


 謝る伯爵に、それをすかさず止めるトオル。


 トオルはカーティアの父親ということで、どんなヤバイ人物かと身構えていたが……。

 インザーギ伯爵に続いてきちんとした人で、いわゆるダメ貴族や横暴な貴族ではなかった。


(よかった。普通にいい人っぽいぞ。……いや本当、異世界では人に恵まれているな)


 ――一方、そう評価された伯爵もまた、


(ふむ。オスカルから聞いた通りだな。……冒険者らしくない好青年ではないか)


 トオルの人柄を実際に自分の目で見抜き、荒くれ者が多い冒険者や貴族のバカ息子とは違うという印象を受けていた。


 そんな二人は紅茶に口をつける。

 そして緊張から置きものになっているマルコたちを放置したまま、今度はトオルから話を切り出す。


「今日、訪ねた理由は一つです。こちらをお返ししに参りました」


 カーティアの従者のオスカルからもらった魔法袋。

 その中から取り出したのは、最初から入れっぱなしになっていた紋章だ。


 プレートに刻まれるのは剣と波。すなわちアドルナート伯爵家の紋章である。


「……ほう。我がアドルナート家の紋章か」


 それを驚きの表情で受け取る伯爵。

 しかもトオルから「ご安心を。仲間以外には誰にも見せていませんので」と言われて……さらに驚きの表情となる。


(これを一度も使わなかったのか。なおかつ、わざわざ返却しに来るとは……)


 トオルは知らない。この紋章が伯爵の仕込みだったということを。


 カーティアが自分で見つけるかもしれない夫候補。

 もし万が一、現れたその男に対して、従者オスカルに協力させて仕込んだものだ。


 悪用すれば落第点。使わないなら及第点。

 その二つに一つと考えていた伯爵は、まさか返却しにくるとは夢にも思っていなかった。


 ……ちなみに紋章の使用に関して、トオルが嘘をついたとは思っていない。


 歴史ある貴族として、人を見る目は培われて自信も持っている。

 万が一、見抜けないのなら自分が悪いと伯爵は思っていた。


「――ではこれで。伯爵様への用事も済んだので失礼致します」

「いや待ちなさい。せっかく屋敷に来たのだ。時間もちょうどいいから、一緒に昼食を食べるとしよう」


 と、帰ろうとするトオルたちを止める伯爵。


 普段なら初対面の者には絶対にしない対応だ。

 だが愛しき娘のカーティアが認め、伯爵自身も気に入ったこともあっての提案だった。


「い、いいのですか?」

「もちろんだ。私としてもまだ色々と話を聞いてみたいからな。それに五人程度の追加なら料理長も文句は言わないだろう」


 ――というわけで、伯爵家で食事を御馳走になることになったトオルたち。


 伯爵をはじめ夫人、カーティア、カーティアの兄たちと一緒に食堂で昼食を。

 メニューにはまさかのフライドポテトも登場した。聞けばアルヘイムでも流行り始めているらしい。


 そこでドゥッチョが「トオル隊長が考案したものでしゅ!」と自慢げに発言。

 伯爵や料理長から驚かれるも……そのあとに投下された、トオルの爆弾発言によって、


 フライドポテト考案の驚きなど、一瞬にして消し飛ぶことに。


「な!? ザパハラールで弔い合戦をしただと!?」


 アドルナート領と接する森の一部の『迷いの森』。

 そこにある亡都ザパハラール、つまりアンデッド族の巣窟となった元男爵領にて、トオルたちは戦ったという。


 ……そもそもの大前提として、だ。

 深い霧の中をたどり着いたこと自体が驚きであり……それどころかアンデッドの軍勢まで殲滅してしまうとは。


「た、たしかにそれは……本物だな」


 この発言の真偽については、トオルが出したザパハラール男爵家の紋章で証明。


 また伯爵はザッパローリ元男爵とは昔、会ったこともある。

 そのためトオルが言った「装飾付きの赤ローブ」も、本人が着ていたものと同じだった。


「――以上が最近あった出来事ですね。いやあ、もう一生分のアンデッドを倒しましたよ。あっはっは」

「「「…………、」」」


 トオルとしては聞かれたから答えただけ。

 そんな衝撃的すぎる突然の告白を受けて、


「さすがはトオルだ! やはり我の夫確定の男だけあるな!」


 カーティアが嬉しそうにそう叫んだのは言うまでもない。

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