第44話 二十年越しの悲願
「さすがであります、トオル殿!」
「「「トオル隊長!」」」
リッチの骸骨の体が霧となって消えていく。
装飾付きの赤ローブだけを残して、一万体を超えるアンデッド族の中で、最凶の魔物は討伐された。
その勝者であるトオルのもとに駆け寄るマルコたち。
敵の強力な魔法にハラハラしてはいたが、最初から最後までトオルの勝利を信じていた。
「ん、勝ったぞ。これで空気の方も……やっと変わってくれたか」
最後の一体を倒したことで、亡都ザパハラールの空気はガラリと変わっている。
重苦しいベタつくような嫌な空気。
それがウソのように消えて、一番酷かったこの地下空間も至って普通の空気感になっていた。
……これで勝手に始めた弔い合戦は完了だ。
たとえもう二度と街に人の姿は戻らないとしても、
アンデッドになった人たちの魂は成仏し、二十年前の平穏を取り戻せていた。
《――ありがとう――》
「……うん? 誰か何か言ったか?」
「いえ、別に私は何も言っていないのであります」
「僕もでしゅよ」
「オイラは鼻クソをほじってただけッス」
「トオル隊長、きっと空耳だぜ」
「……お、おお。そうだな」
戦い終えたトオルはホッと一息をつく。
自分は生きているという現実に加えて、すべてのアンデッド化した人たちを無事に眠らせられたことに。
「じゃあ、ここを出るか。いくら変わったといっても、閉ざされっぱなしの地下空間は空気がよくな――あれ?」
と、リッチ討伐を終えて地上に戻ろうとしたところで。
トオルはふと残った赤ローブの近くに、ポツンと転がっているものに気づいた。
「なあ、マルコ。まさかこれって……」
「! 何と。それは間違いなく紋章でありますね」
偶然、見つけてトオルが手に取ったのは、紛うことなき貴族家の紋章だ。
拳大の金属プレートに刻まれるのは、月と大樹。
どう考えても元ザッパローリ男爵家のものだろう。
ただ街が陥落して家が途絶えた以上、もう何の効果もない紋章だ。
持っていても意味はないが……トオルはそれを魔法袋の中に収納する。
「これは俺が預かっていきます。いいですよね?」
おそらくは元男爵のものと思われる、リッチが纏っていた赤いローブに向かって言って。
紋章を手に入れたトオルは深く一礼。
それを真似たマルコたちとともに、廃教会の地下空間をあとにする。
――もしいずれ男爵の主、すなわち王国の王様(現在は女王)に会う時が来れば……その時にこのザッパローリ家の紋章を渡すとしよう。
「街にも異常はなし、と。六日前までアンデッド祭りの極みだったとは思えないな」
広くて寂しさはあるも、それ以上に清々とした元領都ザパハラール。
廃教会から出てそれを確認したトオルは、青空に向かって大きく伸びをした。
「ではトオル殿。そろそろ出るのでありますよ。暗くなる前に『迷いの森』を抜けるのであります」
「おう。じゃあ本当の目的地に参るとしますかね」
まだ全然、昼前であっても『迷いの森』は広大だ。
ザパハラールの正門まで戻ったトオルたちは、振り返って今の平和な景色を目に焼き付ける。
そしてまた『迷いの森』の中へ。
最短ルートの東を目指して、五人で力を合わせて進んでいく。
《《《《――――、》》》》
そんなトオルたちの背中を、二十年越しに成仏できた者たちの目が――雲の上から見送っていたとかいなかったとか。
◆
亡都ザパハラールを出発したトオルたち一向。
その後の旅路は至って順調で、また自分たちの足で歩く必要はなかった。
『迷いの森』を抜けてすぐ、通常の森の道で通りかかった馬車に乗車。
三度目の正直か鬼門の移動で故障は起きず、そのまま馬車に揺られて東へ。
「快適快適。本来はこれが旅なんだよなー。あ、皆、フライドポテト食べるか?」
「はい。いただくのであります」
「ちょっと小腹が空いたでしゅね」
「じゃあオイラもッス」
「馬車に揺られてフライドポテト。何かちょっとカッコイイぜ!」
森からアドルナート領に入っても順調な旅は続く。
街道を進んでさらに東へと向かい、いくつかの街に宿泊しながら、その都度、馬車を乗り継いでいく。
本来なら不運なはずの道中の魔物の襲撃も……むしろ幸運だ。
「お、ツイているな。どれ返り討ちにしてやるか」
「トオル隊長。ここは僕たち『三獣刃』に任せてほしいのでしゅ!」
「そうか? よし、じゃあ任せた!」
冬眠から覚めて山を下りて、馬車の馬を狙ってきたゴールデンバットがちょうど三体。
御者に聞いていた珍しい黄金の大蝙蝠(ジャイアントスパイダー級)を、犬猿雉トリオが余裕をもって討伐した。
と同時、トオルの耳に聞こえたチャリン、という音。
この素材をギルドに持ち込めば、一体につき百万ゼニーを稼ぐことができる。
――そうして、天候にも恵まれた快適な旅が続くこと、五日。
目的地の一つ手前の街から最後の駅馬車に乗り、やがてトオルたちの目に見えてきたのは――。
「おおー。久しぶりだな」
「わ、私は初めて見たのであります!」
「僕もでしゅ!」
「オイラもッス!」
「あ、青一色だぜ!? トオル隊長!」
トオルはほどほどの喜びで、残る四人は喜びを超えた驚きで。
正面に見えた海を見て、全員が馬車の荷台から立ち上がった。
近づくにつれて大きくなる海の景色と届く海風。
懐かしい潮の匂いを感じて、トオルの顔もつい緩んでしまう。
(森も山もいいけど、やっぱり海も捨てがたいよな)
ここがトオルたちの次なる目的地。実はこの海の存在も選んだ理由の一つだ。
アドルナート領の東端に位置する領都――港街アルヘイムである。




