表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/71

第37話 次の街へ

「短い間だったけど……だいぶ濃い時間でもあったな」


 領都イザベリスに来てから一カ月が経った。


 いつもの宿のいつもの部屋のベッドで起き、一階の食堂で朝食を食べ終えてから、

 トオルは部屋に戻って準備をしながら、木窓から見える街並みを眺める。


 今日、トオルたちはイザベリスを発つ予定だ。


 カンナ村の次にこの街には愛着が湧いている。

 また伯爵やギルド長など多くの人たちからも、もっとゆっくり滞在すればいいと説得もされたが……。


 次の異世界の景色、まだ見ぬ街や世界を心のシャッターに収めるべく、トオルは決断をしていた。


「今までお世話になりました。門番の人に教えてもらって大正解でしたよ」

「ほっほっほ。嬉しいことを言ってくれるのう。また街に来たらぜひ寄っておくれよ」

「はい。約束します」


 世話になった宿屋の主人と皆で握手を交わす。

 奥さんの方は買い出しに出ていていないが、朝食の時に挨拶を済ませている。


 そうして、トオルたちは宿を出ようとして……ふいに主人に止められた。


「そうじゃそうじゃ。トオルよ、せっかくだから最後にサインを書いてくれんかのう?」

「え、サインですか?」

「うむ。できればこの横に頼むのじゃ」

「は、はい。分かりました」


 嬉しそうにトオルに羽ペンを渡す宿屋の主人。

 示された場所は受付カウンターの後ろの壁で、そこにはすでに誰かのサインが書かれている。


「そういえば気になっていたのであります。これは誰のものでありますか?」

「これは賢者のものじゃ。昔、先代の時にこの宿に泊まってのう。その時に書いてもらったのじゃよ」


 マルコの問いに主人が自慢げに語る。

 しかも宿の名前の『銀の灯火亭』は、先代がこの賢者から取ったものだった。


「け、賢者って魔道士系の最上級職ですよね? 俺なんかが隣に書いていいんですか?」

「もちろんじゃ。トオルは街の救世主の一人じゃからのう。……それに何より、ワシのカンが書いてもらえと言っておる」

「分かりました。なら思い切って書かせてもらいますね」


 言って、ササッと賢者の隣にサインを書いたトオル。


 それを見て満足気に頷いた主人とまた最後に握手を交わして、トオルたちは我が家のように過ごした『銀の灯火亭』を出たのだった。



 ◆



「うーん、いい匂いだな。油の感じが食欲をそそる極みですな」


 宿屋を出てすぐ、トオルの鼻に香ばしい匂いが届いてくる。


 朝の街の一角に漂うのは……揚げものの匂いだ。

 イザベリスで大流行しているフライドポテトを筆頭に、おそらくは唐揚げやコロッケのそれも混じっている。


「これ全部がトオル隊長のおかげでしゅね!」

「食べたばっかりなのに小腹が空いてきたッスよ!」

「さすがは『揚げものマスター』だぜ!」


 同じく鼻をヒクヒクさせた犬猿雉トリオ。

 ガスパロからは『揚げものマスター』という謎のワードが飛び出したが……実はこれを言い出したのは伯爵の屋敷の料理長だ。


 スタンピードの褒賞をもらったあと、ちょくちょくお呼ばれして屋敷にお邪魔した時。

 フライドポテト考案の功績(?)もあり、料理長から「新しいアイデアはないか?」と聞かれたのだ。


 そこで提案したのが唐揚げとコロッケである。


 トオルは料理人ではないのであまりレシピは知らない。

 ただ揚げものは大好きなので、異世界の揚げもの料理をさらに教えていた。


(それがこの結果か。……まあ、美味しいものに世界の境界線なんてないからな)


 よって料理長から『揚げものマスター』の称号が。


 元々、こっちの世界では揚げるという調理法がまだなかった。

 つまりトオルが教えた三つの料理はすべて革命的だったのだ。


 ――そんなこんなで、トオルたちは漂ういい匂いの中を進む。


 次に目指すのは隣の領地に当たるアドルナート領だ。

 あの女聖騎士カーティアの父親が統治する、イザベリスの東に位置する伯爵領である。


 大事な紋章返却の件もあるため、皆で話し合った末に決定していた。


「何かもう懐かしいな。カーティアもそうだけどこの東門も」

「下手をすれば皆、ここで命を落としていた可能性もあったのでありますからね」


 途中で誘惑に負けてコロッケを買い食いしつつ、東門に到着したトオルたち。

 防衛戦では伯爵に任された戦場を前に、少し感慨深くなってしまう。


 と、その場所でトオルたちを待っていた者たちが……三人ほど。


「やあトオル。別れの挨拶をしにきたぞ」

「へへっ。特別に俺たちが見送ってやんぜー」

「トオルちゃん! もういっちゃうなんて寂しいわよ!」

「あ! 皆さん!」


 門の前にいたのは、私服姿なのに明らかに門番よりも強そうな二人。あとオネエ。


 領主軍軍団長のステファノとA級冒険者のヴァンニ、そして緑神官オネエのディーノだった。



 ◆



「またスゴイ面子が……。わざわざありがとうございます!」


 軍団長とA級冒険者とオネエ。

 まさかの見送りの三人を見て、頭を下げたトオルに続き、マルコたちも同じく頭を下げる。


「何、そう畏まらないでくれ。最後くらい気楽にやろう」

「へへっ。ごもっともだぜ、軍団長殿。だからトオルは肩の力を抜けってーの」

「そうよそうよ。何ならアタシがマッサージでもしてあげましょうか?」


 宿屋の主人に続いて、三人とも握手を交わすトオルたち。


 軍団長によると、伯爵も見送りに来たかったらしいが……。


 領主というのは何かと忙しいため断念。

 なので領主軍の代表としてだけでなく、伯爵の代理としても軍団長は来ていた。


「だから忘れないうちに。イザイア様から預かったものを渡しておこう」

「ありがとうござ――ん? これってまさか!?」


 軍団長からそれを受け取った瞬間、トオルが驚きの声を上げた。


 大きさ自体は拳大程度のそれ。

 ただ見た目以上にズッシリと重く感じてしまい、かつどこか見覚えのある、その平たい金属のプレートは――。


「インザーギ家の紋章だ。イザイア様の信頼の証を受け取ってくれ」

「や、やっぱり紋章ですかい!?」


 渡されたのは貴族家の紋章。

 その貴族家の信頼を勝ち得た、所有できる者はほぼいない特別な代物だ。


 ちなみに、インザーギ家の紋章は山と雲。


 どんな大金を積まれるよりも、トオルの手にあるのは遥かに栄誉あるものだった。


(まさかの二つ目!? フォロワーゼロだった俺が貴族の紋章をまた……! いやまあ、一つは忘れものだけども!)


 驚きで白目を向きそうになるトオル。

 そのトオルを支えるように、ディーノが無駄にガシッ、と後ろから両肩をホールドする。


「へえ、初めて見たぜ。それが紋章っつーのか」

「さすがはトオルちゃんね。けどまあ腕狩りに防衛戦に、あと食への多大な貢献もしたから当然といえば当然ね」


 驚いたのは何もトオルだけではない。

 ヴァンニもディーノもマルコたちも、紋章を見て目を見開いている。


「……ありがとうございます。インザーギ伯爵の信頼、たしかに受け取りました」


 紋章を大切に魔法袋に収納して、トオルはしばし三人と話し込む。

 特に急ぎの旅でもないので、マルコたちも加わって少しの世間話を楽しんだ。


 ――そうして、最後に別れの挨拶をして、またいつかと三人に見送られながら。


 門近くの駅馬車に乗って、トオルたちは一カ月過ごしたイザベリスを出発したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ