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第34話 鎮圧と褒美再び

「いやー何とか大丈夫でした。さすがに死ぬかとは思いましたけどね……」


 イザベリスを襲った恐怖の災害、スタンピードは終わった。

 五体目のグランドドラゴンが討伐されて、元凶を失った魔物の軍勢は全滅の結果となっている。


 迎え撃った人間側の犠牲者および負傷者は多い。

 四つの門のうち南門は破壊されてしまっている。


 それでも、だ。

 予兆から発生までの時間のなさも含めて、過去最悪すぎた今回の規模を考えれば、


 住民には被害が出なかったこともあり、防衛戦は成功だったと言ってもいいだろう。


「しかし本当にスゴイな。パパラッチという職業……いや、それを授かったトオル自身が、か」


 と、そう言って感心するのは軍団長だ。


 トオルとグランドドラゴン戦の最後を見ていた軍団長。

 パパラッチについては事前に聞いてはいても、いざ人間が魔物の固有スキルを、それも『地鳴息クエイクブレス』を使った光景は衝撃的だった。


「オーガの次は地竜か。一体目はコピーできなかったのに……不思議な能力だ」

「ですね。倒せばオーケー仕様だったのは本気で助かりましたよ」

「んん? 何か二人で面白そーな話をしてんな」


 戦いが終われば本格的に救護班の出番が。

 負傷者が次々と運ばれていく中、南門にいたトオルと軍団長のもとにやってきたのは――A級冒険者のヴァンニだ。


「あ、お疲れ様です。ヴァンニさん!」

「おうよ。お前も無事だったみてーだな。ここに来る途中で五体目の件は聞いたぜ」


 ヴァンニは笑い、トオルの肩をポンと叩いて労う。


 普段なら二日前に会ったばかりの者にそんなことはしない。


 ……だが、この黒髪黒眼の青年は別だ。

 東門でディーノとの共闘でグランドドラゴンを倒した上に、単独で二体目も倒したと聞いて、トオルの評価は爆上がりである。


 そんなヴァンニは興味津津にトオルの話を軍団長から聞く。

 すべてを聞き終えて「今は地竜とかマジか……」と驚かされるも、先輩として優秀な後輩を再び労った。


 ――ちなみに、二度目のグランドドラゴン戦において、トオルはあまり苦戦していない。


 パパラッチ分のステータスの上乗せがあり、かつ鍛えた槍の技術に加えて、

 今回は小さいからこそのアドバンテージがあった。


 少し上回るステータスで相手が大型の場合、小回りの利く方がかなり有利だったのだ。


「トオル殿!」

「「「トオル隊長!」」」


 そうして、南門からまた街の中央の救護テントに戻ったあと。


 トオルを見つけて駆け寄ってきたのは、マルコと犬猿雉トリオの四人だ。


「おお! よかった! お前らも無事だったか!」

「はい。拳王ヴァンニ殿の助けもあり、何とか生き残れたのであります!」

「あともちろん、トオル隊長がくれた力のおかげでしゅ!」

「『パパラッチギフト』様様ッスね!」

「地味にレベルも上がってるぜ!」


 救護テントで喜び合うトオルたち。

 全員が体や防具に多くの傷を負っているも、幸い重傷で動けない者はいなかった。


 ――とにもかくにも、これでスタンピードは終結だ。


 傷痕は残っても平穏が戻ったイザベリスは、避難命令が解かれていつもの日常に戻っていく。



 ◆



「……まさかの二度目だな。こうも短期間にまた来るとは予想外の極みだぞ」


 スタンピードから三日後。

 南門の再建作業はまだ行われているも、戦死した者たちの合同の弔いも終わり、街が落ちつきを取り戻した頃。


 トオルたちは再び街の中心、領主であるインザーギ伯爵の屋敷を訪れていた。


 理由は当然、スタンピードでの働きに対する褒賞だ。

 今回は「ぜひ仲間全員で」と伯爵の使いに言われたので、犬猿雉トリオも連れてきている。


「――お、次はトオルじゃねーか。へへっ、褒美は期待していいと思うぜ?」

「あ、やっぱりヴァンニさんも呼ばれていましたか」


 廊下を通って案内されていたら、先客のヴァンニとすれ違う。


 そのヴァンニはご満悦だ。

 小柄な体で跳ねるように歩いて、トオルの背中をバシバシと叩く。


(ほほう、結構もらえたのか。ほかの参加者はまとめてギルドでらしいけど……まあ俺たちは地竜が相手だったからな)


 そうして、ヴァンニに続いて応接間に通されたトオルたち。

 トオルとマルコは五日前に来ているので、あまり緊張せずに中に入る。


「うむ。よく来たな、トオルにマルコよ。獣人三人は初めましてだな」


 待っていた伯爵は満面の笑顔だ。

 相変わらずの年齢に似合わぬ肌艶と体格の伯爵は、トオルたち一人一人と握手を交わす。


「初めましてでしゅ、領主様! 僕はドゥッチョと申しますでしゅ!」

「オイラはフィリッポというッス、です。お会いできて光栄ッス、です!」

「俺はガスパロだぜ、です。三人揃ってトオル隊の『三獣刃さんじゅうじん』だぜ、です!」

「はっはっは! なるほどなるほど。トオル隊の『三獣刃』ときたか!」


 元気よく自己紹介をした犬猿雉トリオを見て、伯爵の顔がさらに緩む。


 すでにトオルとマルコはお気に入りだが……この獣人三人も一発で気に入っていた。


 そんな伯爵から伝えられたのは感謝の言葉だ。

 過去最悪のスタンピードでも被害が最小限に済んだのは、特にトオルの大車輪の活躍があってこそ。


 東門の中心戦力として任せても、グランドドラゴンの相手は伯爵にとっても想定外だった。


 にもかかわらず、二体を討伐。

 防衛戦に参加した約二百人の中でも、一番の活躍と言っていいだろう。


「まずは褒賞金だ。この前の腕狩りでは金貨二十枚(二百万ゼニー)だったが……今回はさらに用意させてもらった。ぜひ受け取ってくれたまえ」


 と、ここで前回と同じく台車が応接間の中へ。

 その上には巾着袋が一つあるが……前回よりはパンパンに膨らんではいない。


 ……とはいえ心配は無用だ。

 中身は金貨ではなく大金貨で、計十枚(一千万ゼニー)が入っていた。


「こ、こんなにいいんですか、伯爵様?」

「もちろんだ。トオルに関してはそれに見合う仕事をしてくれたからな。くだらん権威の誇示のために、パーティーの時だけ散財する馬鹿はいるが……。ワシから言わせればそんな者は貴族ではない」


 上級貴族に相応しい重い口調で言って、すぐにまた笑顔になる伯爵。


 それを見て、貴族の鏡だなと感じたトオル。

 異世界に来てからは、本当に人に恵まれていると実感する今日この頃だ。


「だからトオルよ、お前には特別に別の褒美を用意しよう。もう『回避の腕輪』のような魔道具はないが……何か欲しいものはあるか?」

「え、ほかにですか?」


 そう伯爵から聞かれて答えに詰まる。


 金銭面はハッキリ言って充分すぎる。

 だから便利な魔道具がないのならば……と迷うトオルの頭に、ふとあることが浮かんできた。


「あ、じゃあお風呂って入ることは可能ですかね?」

「うむ? ふ、風呂とな……?」

「はい。貴族の方はお風呂に入ると聞いたので……あ、ダメなら全然、構いませんので!」

「い、いや。そんなことでいいのかと思ってな。驚いただけでダメではないぞ」


 トオルのまさかの希望に、しばしポカンとしてしまった伯爵。


 聞けば手ぬぐいで体を拭くだけではなく、風呂に入って汗を流したいとのことだ。


 ……それを伯爵と同じ反応で聞いていたマルコたち。

 ただ希望を聞かれたのはトオルなので、特に異論を出すことはない。


 ……というか、だ。

 たまにトオルから風呂のよさについての熱弁を聞いていたので……実は楽しみではあったりする。


「うむ。ではすぐに風呂の用意をさせよう。しっかりと体を温めるといい」

「ありがとうございます! ではお言葉に甘えて!」


 ――こうして、異世界転移してから約五カ月。


 トオルは久しぶりに風呂(豪華な伯爵家バージョン)にありついたのだった。

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