第31話 東門の鬼
「んな殺生な! コピーできないんかい!?」
トオルの希望は一瞬で打ち砕かれた。
自分の強さの源であるパパラッチ、その天の声からの非情なアナウンスによって。
――となればどうするか? もう現在のオーガ級の力でやるしかない。
残念ながらグランドドラゴンより格下で、かつオーガより格上の魔物はこの戦場にはいない。
つまり、ほかをコピーしてからグランドドラゴンに繋げる、という道も閉ざされているのだ。
そんな一つ格上では済まなかった、目の前の強敵のステータスはというと、
【名前】 グランドドラゴン
【種族】 ドラゴン族
【HP】 810/810
【MP】 655/655
【攻撃力】 777
【防御力】 790
【知力】 639
【敏捷】 602
【スキル】
『竜鱗硬化』
『地鳴息』
攻撃力と防御力は700台後半、HPに至っては800超えだ。
MPや知力も含めて、今のトオルとは100以上の差が。
少しの差で収まっているのは、ほかと比べると低い敏捷だけである。
「冗談キツイぞ! 難易度高すぎの極みだろこれ!」
そう弱音を吐いてしまうも、自分がやるしかない。
グランドドラゴンが四体という過去最悪のスタンピード。
この災害から街を守るには、東門の中心戦力としてトオルが請け負うしかないのだ。
「とにかく、まずは門から遠ざけないと! ――喰らえ大トカゲめ!」
『グルォオオ!』
ほかの魔物が邪魔で接近しきれないため『鬼火』を一発。
紅蓮の極悪ファイアボールを見舞うと、その熱と爆発を受けたグランドドラゴンの瞳がトオルに向く。
「もう一発! お前だけはこっちに来い!」
『グルォオオオ……ッ!』
続けて放たれた二発目によって、完全にトオルを標的にしたグランドドラゴン。
地鳴りのような声を上げると、近くの魔物を踏み潰して一直線に向かってくる。
「よし、釣れたぞ! けど思ったより怒っているな!?」
ぶ厚い城壁も門も付与師の張った障壁で強化されている。
それでもこのグランドドラゴンだけは例外だ。
絶対に近づけて攻撃させてはならないと、伯爵や軍団長から言われていた。
――まずは対処法の一番目をクリアしたトオル。
ほかの魔物は門に殺到しようとしているので、完全にトオルとグランドドラゴンだけが街から少し離れる形に。
「倒すまではいかなくても! 援護が来るまで粘ってやるよ!」
オーガ級パパラッチvsグランドドラゴン。東門の運命を左右する大一番が始まった。
◆
「っと! 今までの魔物の比じゃないな……!」
怒れるグランドドラゴンの右の鉤爪を避ける。
トオルの代わりに直撃を受けた地面は、その鉤爪によって深く抉り取られてしまう。
攻撃力は凄まじいの一言だ。
トオルが纏う『鉄糸』で強化した皮鎧程度では、まったく防げない威力の一撃だった。
だからこそカギとなる回避行動。
それを支えるのはオーガ級のステータス(敏捷)と、籠手の下に装着した金属製の腕輪だ。
「本当にインザーギ伯爵に感謝だ! ありがたき『回避の腕輪』ッ!」
腕狩りを討伐した報酬でもらった魔道具の腕輪。
その効果は文字通り、回避行動を行う際だけ敏捷が上がるものだ。
これによって約20負けている敏捷を補正。
差を埋めるどころか突き離して、回避に関してだけは少しの余裕さえあった。
「――んで、こっちの攻撃は……!」
回避した直後に加えた攻撃で分かった、グランドドラゴンの実際の耐久力。
槍での一撃はいくら全力で突いても、150近い防御力と攻撃力の差に加えて、
おそらくパッシブな『竜鱗硬化』の影響もあり、硬すぎる鱗をほとんど傷つけられない。
……まさに絶望的な状況である。
これでは何百回と攻撃を加ようとも、800超えのHPを削り切ることなど夢物語だ。
(とはいえ『狂角醒』を簡単には使えないし……!)
MP消費なしのクールタイムなしで、特攻(攻撃&敏捷を上昇。防御を低下)をかけられるのは一日に三回まで。
格上相手に使いどころは難しく、しっかり考えて使うべきだ。
……ただそんな中でも、トオルには微かな光明は見えていた。
「こっちは効くのか! ありがたい!」
オーガの固有スキルの『鬼火』。
攻撃力依存のこの炎系スキルは、通常の物理攻撃よりはだいぶ効いているようだ。
だからひたすら『鬼火』の連打を。
距離を取ってMP20を消費して、ダメージの通りが大きい顔や首を狙っていく。
『グォオアア――!』
「!? あっぶ、ないなオイィ……!」
と、ここで襲ってきたのは『地鳴息』だ。
事前にも伝えられていた、グランドドラゴン最強の技。
竜な口から地鳴りの音とともに、破壊力抜群の震動の力を持つブレスが放たれた。
「いやいや無理無理! 爪とか牙どころじゃないだろ今の!?」
回避には成功するも、離れた後方の地面が消し飛んで肝を冷やすトオル。
『鬼火』と同じくドラゴン族のブレスも攻撃力依存だ。
さすがにステータス的に即死は免れても、当たればほぼ勝負は決してしまうだろう。
だが、これも含めてやるしかないのだ。
一発も喰らわずに避けて、躱して、時に逃げて、
『鬼火』で削るという綱渡りの戦いをするしか手は残されていない。
(といってもだよ! MP問題はどうするんだよ!)
HPを回復するポーションは支給品が一つだけある。
一方でMPを回復するMPポーションはというと……持ち合わせはゼロだ。
オーガ級のトオルの総MPは464。
一発でMP20を消費する『鬼火』は二十三回撃てる計算だ。
だが、いくら槍より効くといっても、その回数だけではHPを削り切れない。
(『狂角醒』で一回、上げてみるか。それでも足りないと思うけど……!)
試しにもう一つの固有スキルで特攻状態に入ったトオル。
この状態になれば『鬼火』の威力は上がるが……やはり二十三発では全然、足りない。
「――任せてトオルちゃん! あなたのMP管理はアタシのお仕事ッ!」
「え? お、お前は……!」
その時だった。
門から離れて一対一のはずなのに、突然、聞こえた野太い声。
トオルはグランドドラゴンを警戒しつつ、声がした方向を見てみれば、
少し離れた土埃が上がったところに――一人の男の姿があった。
……男性ホルモンの塊のような毛むくじゃらの男。
薄桃色の上下の服の上から金属製の軽鎧を纏った、ディーノという四十歳の冒険者である。
そんなディーノは恍惚の表情でトオルに向かって右手をかざす。
直後、すでに『鬼火』でMPを半分近く消費していたトオルの体に、失われたMPが奥底から湧くように戻ってくる。
「うおおうっ!?」
「アタシの職業は緑神官よ! 他人はMPしか回復できないハンパ職というけれど……いいえ! これは専門職よ!」
叫んでウィンクを飛ばすディーノ。
それらを受け取ったトオルは変な汗をかいてしまうも、グランドドラゴンの鉤爪を回避してから、
「ありがとう助かった! サポート系の職業か!」
お礼を言って、戦闘職ではないディーノを巻き込まないように立ち回る。
見た目と言動から目立ってはいたが、職業までは知らなかったトオル。
正直、ちょっとキャラ的に受け付けない部分はある。……だが間違いなく、今の状況では頼れる仲間だ。
「MPはアタシに任せて! HPは何とか自力で頑張って、トオルちゃん!」
「了解!」
トオルはひたすら『鬼火』を、ディーノはひたすら『MP回復』を。
ほかの東門の仲間のことなど考える余裕もなく、二人はグランドドラゴン討伐のために自分の仕事に徹していく。
これまでに登場した魔物の強さの並びです。
グランドドラゴン
オーガ
異名持ちオーク
ケーブナーガ
ジャイアントスパイダー
オーク、トレント
ギャングウルフ
ワイルドボア、キラーラビット
ゴブリン、コボルド




