第30話 イザベリス防衛戦
「街の空気がガラリと変わったな。……まあ、そりゃそうか」
領主軍本部での対策会議から二日。
恐ろしい魔物による災害、スタンピードは予想通りのタイミングで発生した。
時刻は昼前。すでに街には西のヒルダラ山脈から魔物の軍勢が向かってきている。
その数はおよそ二千。こちらも二日前の推測と同じ数となっていた。
――そして現在、イザベリスの街全体が緊急時の対応を取っている。
戦えない住民は一人残らず家の中に。
地下室がある家はご近所を受け入れて、スタンピードが終結するまで避難していた。
「さあ、来るなら来いでしゅ!」
「絶対に東門は通させないッス!」
「トオル隊の『三獣刃』――いざ参るだぜ!」
「……さ、三獣刃? とにかくお前ら、気合いを入れすぎて無理だけはするなよ?」
対策会議の時点から誰よりも気合い満々の犬猿雉トリオ。
そんなおチビ三人を見て、東門の中心戦力として配置されたトオルは少し心配になってしまう。
「事前に決めたことは忘れないように、であります。私たち四人はトレント以下の魔物の相手をするのでありますよ」
同じくマルコが犬猿雉トリオに忠告をする。
トオル以外の四人はトレント級(オーク級)の力を持つ。
様々な種族からなる魔物の軍勢を相手に、格上との戦闘はできる限り避ける予定だ。
「ポーションもよし、と。一つだけでもあるのは助かるぞ」
今回は街に大きな危機が迫っているため、伯爵が備蓄していたポーションを開放。
……ただし、参加人数は二百人近くいるのだ。
領主軍と冒険者の全員に行き渡らせるには、一人一つが限界だった。
(相手はこっちの約十倍か。強固な城壁はあるから人数的にはどうなんだろうな?)
トオルたちが任された東門には、城壁と門に障壁を張って強化する付与師を除き、計三十二人が配置されている。
位置的には山脈からは最も遠い門だ。……そのため人数が一番少ないのは仕方ない。
この戦力で何とか東門の防衛を。どこか一つでも突破されれば街に被害が及ぶのは確実だ。
――ちなみに、まだトオルたちは城壁と門の内側にいる。
まず最初は城壁の上から魔法兵と弓兵の遠距離攻撃から。
それである程度、数が減ったところで近接部隊がハシゴを下りて出陣する予定だ。
「頼むぞ、東の大将!」
「腕狩りを葬った力を遺憾なく発揮してくれよ!」
「背中は任せろ! 黒髪黒眼の若造!」
中心戦力であるトオルにかかる期待の声。
一応、会議後に行われた参加者全員のステータスチェックにおいて、
オーガ級のトオルの実力は、今の街の戦力の中で四番目だと判明している。
「了解! しっかりついて来いよ、野郎ども!」
「「「「「ウオオオオオオ!」」」」」
……少しだけ声が裏返ったのは内緒の話。
とにもかくにも、東門チームは気合いを入れて魔物の軍勢の襲来を待つ。
◆
「来たぞ! 総員――構えッ!」
領都イザベリスの西門。
真っ先に魔物の軍勢が到達したのは、やはり山脈に最も近いこの門だった。
最前線には足の速いキラーラビットやギャングウルフの姿が。
最も後方には足の遅いトレントの巨体が並び、その軍勢の中央には遠目からでも分かるほどの、一際大きな威圧感を放つ存在がいる。
スタンピードの元凶である地竜だ。正式名称はグランドドラゴンと呼ぶ。
硬い黄土色の鱗に覆われた全長十メートルの体躯。
大きな口からはみ出している牙や大地を掴む爪は、最低でも魔鉄製の防具でなければ一瞬で貫通する威力がある。
そんな恐ろしいグランドドラゴン率いる軍勢は、パッと見ても十種以上の魔物から構成されていた。
「皆の者、気合いを入れろ! 我々が負ければ大切な家族も街も失ってしまうぞ!」
第一段階の城壁の上からの遠距離攻撃が始まった中で。
北門の中心戦力である、領主軍軍団長のステファノが腹の底から叫ぶ。
続いて、連鎖するように上がる雄叫びの数々。
普段は無関係な領主軍も冒険者たちも、この時ばかりは一つの組織、一つのパーティーとなっていた。
「へへっ、スゲー足音だな。ほぼこりゃ地震みてーだぜ」
――次に北門。
西門に少し遅れて、城壁を回って来た魔物たちの牙が北門にも迫る。
そしてここにもグランドドラゴンの姿があった。
同じく中央の位置に陣取り、まるで魔物の親分かのように。
軍勢を前進させてくる状況を見て、勝手に城壁に上がったA級冒険者のヴァンニは笑う。
「恐れるな! 己の力を、仲間の力を信じて最後まで戦い抜くのだ!」
――続いて南門。
西門から見て北と南に割れた魔物の軍勢の一つが、西門から数分遅れで到達した。
……この時点で想定外が一つ。
元凶のグランドドラゴンが複数の可能性という情報はあったが、さすがに三体いると予想した者はあまりいなかった。
……さらに、もっといえば。
北に回った軍勢よりもかなり数が多い南の軍勢。そこからさらに分かれて、残る最後の東門へと向かった中に。
衝撃の四体目となるグランドドラゴンがいようとは――誰一人として予想していなかった。
「え? ウソだろ? 東にも地竜が来ているのか!?」
その情報をトオルたち東門チームが知ったのは、南門の防衛戦が始まってから数分後。
城壁の上に配置された、青ざめた顔の魔法兵のリーダーから伝えられて……一気に緊張感が膨れ上がった。
◆
「撃え! 撃え! 魔法も弓もどんどん撃ち続けろ!」
山脈の反対側の東門もついに戦闘に入った。
門へと殺到しようとする魔物の軍勢、その最前列に各属性の魔法と弓が放たれる。
敵の数はざっと四百体。全体の五分の一の数だ。
これだけでも当初の予定より多いのだが……やはり最大の誤算は中央にいる大物だろう。
『グルフゥウウウ……ッ!』
四体目のグランドドラゴンだ。
強い種族ほど生息数は少ないはずなのに、ほかの三つの門と同じく存在してしまっていた。
「くっ、やるしかないか! こうなりゃ鬼と竜の殴り合いの極みだ!」
トオルがそう言った直後、ここで城壁の上からの合図が。
つまり、第一段階の遠距離攻撃があと少しで終わるという意味だ。
次々にハシゴで城壁に登ったトオルたちは、今か今かと下りる時を待って――。
「今です! いってください!」
「おう!」
状況を見極めた魔法兵のリーダーが叫んだ直後。
ようやく出番がきたトオルたちは、門から少し離れた位置からハシゴを下りていく。
そして、ハシゴの途中で飛び下りて戦場へ。
城壁からの援護射撃を受けながら――門に群がる魔物の軍勢に左右から突っ込んだ。
「そっちは任せた! いくぞ、お前ら!」
「「「ウオオオオオ!」」」
必ず生きて会おうと伝えた、仲間であるマルコたちには軍勢の前方を任せて。
トオルはいつもとは違う、見た目から屈強な男たちを引き連れて戦場を進む。
狙うは軍勢の中央よりも後方だ。
より正確にいえば、中心戦力のトオルが狙うのはグランドドラゴンである。
東門チームでこの元凶と戦えるとすれば、トオル以外に適任者は誰もいない。
(頼む! 異世界の神様!)
それでも純粋なステータスの比較では厳しい。……だがそこは職業パパラッチだ。
前代未聞のこの職業は、魔物を撮影・保存して、ステータスやスキルをコピーして上乗せできる。
もしコピーできれば、一気に力関係は互角以上に。
雑魚は槍の一撃で蹴散らしながら、北の森で最強だったオーガよりもさらに格上の存在に接近。
本格的に始まった戦いの中で、全力で走って祈るトオルの脳内に流れたのは――。
《発見した魔物は保存できませんが撮影しますか?》




