第29話 スタンピード
「何!? ヒルダラ山脈でスタンピードだと!?」
突然、もたらされた緊急の情報。
それを聞いた伯爵は、動揺してしまう気持ちをググッ、と押さえ込んだ。
「ステファノよ。……それはたしかな情報だな?」
「はっ。間違いありません。今日未明に帰ってきた冒険者から情報を聞き、急ぎ向かった隊が予兆を確認致しました」
ステファノと呼ばれた精悍な顔つきの男、インザーギ領主軍の軍団長が首を縦に振る。
スタンピード。
常に魔物の脅威に晒されている現地人は当然、知っている。
またアニメや小説で知識のある異世界人のトオルも、それについては知っていた。
一言で言えば魔物の異常発生。
通常時よりも魔物の数が爆発的に増加し、一つの大きな集団となって近くの街を襲う現象だ。
「たしかに昨日、初めていったけど魔物は多かった気が……。まさかあれがスタンピード?」
昨日の冒険者デビューを思い出して、ボソッと呟いたトオル。
それを聞いた軍団長は、伯爵からトオルの方に目線を向けた。
「黒髪黒眼の……そうか、君がトオルか。腕狩りを討伐した人物だな」
「はい。そうです」
「それで君は昨日、山脈にいったんだね?」
「はい。冒険者登録もしたので、皆で魔物狩りにいったのですが――」
昨日の魔物の状況を詳しく話すトオル。
――だがその話を聞いた軍団長によると、そこはスタンピードの予兆が見えた場所ではなかった。
予兆があったのはもっと北側寄りの麓。
同じ標高でもより強い魔物が出現するエリアだ。
「あそこか。たしかに起きるとすれば確率が一番高いな。……してステファノよ、予想される発生時期はいつだ?」
「はっ。それが受けた報告によると――明後日だと予想されています」
「何ッ!? 明後日だと!?」
想像したよりも遥かに切迫した事態に、伯爵は動揺を隠せなかった。
インザーギ家が代々、治めるこの地では何度かスタンピードは起きている。
ただいずれも予兆の発見から発生時期までは、最低でも六日はあったのだ。
それがたった二日。時間的猶予は過去と比べれば圧倒的に少なかった。
(ま、マジか。何かヤバそうな事態の極みだぞ……)
さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら。
緊張感のある空気が流れる応接間で、トオルもマルコも立ったまま固まっている。
「何ということだ。残らされた時間がわずか二日とは……」
あまりの想定外の事態に重く目を閉じる伯爵。
そうして時間にして十秒、目を閉じていた伯爵は目を開けると、
報告をした軍団長から、くるりと振り返ってトオルたちの方を見た。
「……トオルとマルコよ。すまないが我々にまた力を貸してはくれまいか?」
「も、もちろんです。これでも冒険者の端くれですので!」
「粉骨砕身、イザベリスのために頑張るのであります!」
伯爵から問いかけられて、トオルもマルコも即返答する。
そんな若者たちの力強い声をもらって、伯爵はニカッ、と笑って犬歯を見せてから。
負けじと歳に似合わぬ力強い声で、領地の責任者として指示を出す。
「予定はすべて変更だ! ピエトロにステファノよ、急ぎ対策会議を行うぞ!」
◆
領主である伯爵から号令が出された。
それによってインザーギ領主軍の本部に集められたのは、領主軍の幹部と上位の冒険者、そしてトオルたちだ。
「何かワクワクするでしゅね」
「すでに血が騒いでるッス」
「大群だろうが何だろうか蹴散らしてやるぜ」
ここで犬猿雉トリオも合流している。
職業が村人で冒険者にはなれずとも、トオルの推薦もあって参加していた。
……ただし、『パパラッチギフト』でトレント級(オーク級)の力を得たがために、緊急事態を少し楽しんでいる感じがあるのはいただけないが。
「急な召集によく集まってくれた。まずは領主として皆に礼を言わせてもらおう」
本部の一室に集まった面々に挨拶をする伯爵。
これから行われるのは対策会議だ。
議題はもちろんスタンピード、わずか二日後に起きると推測される災害についてである。
「ではステファノ。現在の状況について説明を頼む」
「はっ。かしこまりました」
集まった面々に説明をするのは軍団長だ。
領都イザベリスに迫るスタンピードの脅威は誰もが理解しているため、静かにその説明を聞いていく。
まず第一に、重要なのは魔物の総数だ。
どれほどの魔物の軍勢が山脈からイザベリスに襲来するのか、その把握は必要不可欠である。
だが正直、正確な数については実際に目にするまでは分からない。
時間が経つにつれて入ってくる偵察隊の報告によれば、現時点で推測される数は二千ほどのようだ。
「……うぅむ、少し多いな。では総数は二千と仮定して……元凶の方はどうなっている?」
「はっ。そちらについても情報が入ってきております」
伯爵の問いに軍団長が次の報告に移る。
ずばり今回の元凶について。
スタンピードが起こる際は、必ずその元凶となった、種族を超えたリーダー的な存在がいる。
当然、その魔物が最も強い。
総数の把握と同じくらい、元凶を事前に知っておくことは重要だ。
「――地竜です。これについては過去のスタンピードの時と同じですね」
「なるほど。そこだけは予想通りか」
元凶は地竜。飛べない竜種の魔物だった。
さらにいえば、竜種の中では最も格下の存在だ。
とはいえ竜種自体がほかと比べて圧倒的に強い(ステータスが高い)ので、脅威があるのは間違いない。
(おお、初ドラゴンがここできたか。異世界だからいずれ会うとは思ったけど)
思いのほか冷静なトオルは軍団長の説明を真面目に聞く。
それはほかの領主軍の幹部や冒険者も同じだ。
全員が真剣な目つきで、一言も聞き漏らさずに情報を頭に入れている。
「ただ地竜の数はまだ不明です。最悪を想定して複数体を考えておくべきでしょう」
元凶の数が一体の場合もあれば複数いる場合もある。
たった二日という準備の短さを考えれば、願わくば一体で済んでほしいのが全員の認識だ。
「そうだな。最悪を想定して動くとしよう。――では次に、やつらを迎え撃つ戦力の配置だな」
伯爵がそう言った瞬間、会議室の空気が少し変わった。
どこで誰が迎え撃って戦うか。つまり、どの門で戦うかということだ。
スタンピードでは城壁を利用した防衛戦が定石である。
そのための城壁であり、職業・付与師が障壁を張って強化もするため、山脈に攻め入るよりも遥かに成功率は高い。
――その肝心要の城壁にある門は四つ。東西南北に一つづつだ。
言わずもがな西のヒルダラ山脈に近い西門が最も早く戦場となり、かつ危険な場所となるだろう。
「最前線の西門はステファノに任せる。大変だが頑張ってくれ」
「はっ。必ずや魔物の侵攻を食い止めてみせましょう!」
西門は軍団長を中心に迎え撃つことに。
インザーギ領主軍で最強の男(最上級職)が、実力と実績通りに担当となった。
「北門はヴァンニを中心に迎え撃て。頼んだぞ」
「へへっ、お安い御用で。伯爵様の期待は裏切りませんぜー」
北門は冒険者のヴァンニが中心となってやることに。
ほかの街からの増援は間に合わないので、現在、街にいる唯一のA級冒険者だ。
小柄で礼儀がなっていない男だが、最上級職でもあるその実力は折り紙つきである。
「南門はテオだ。中心となってやってくれるな?」
「伯爵様の頼みとあらば。この命をかけて守り抜いてみせます!」
南門は同じく冒険者のテオが中心に。
ランクこそB級に落ちるも、同ランク内では最上位の実力者(高レベルの上級職)だ。
外見も内面もヴァンニとは正反対の大柄で真面目な男で、長年この街を拠点としている四十八歳のベテラン冒険者である。
「そして、最後に東門だ。ほか三つよりは最も脅威は低いだろうが、危険なことには変わりない。ここを任せるのは――」
伯爵の視線が会議室の右奥に移る。
それを追うように参加者たちの視線も動き、その先に座っていたのは――珍しい黒髪黒眼の若い男。
「トオルだ。腕狩りを倒したその実力で、この街の東門を死守してほしい」
これまでに登場した魔物の強さの並びです。
オーガ
異名持ちオーク
ケーブナーガ
ジャイアントスパイダー
オーク、トレント
ワイルドボア、キラーラビット
ゴブリン、コボルド




