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第28話 褒美

「き、緊張するな……。初めてのちゃんとした貴族だぞ」

「わ、私も同じくであります……」


 冒険者デビューを果たした翌日。

 今日も元気に魔物狩りへ、を取り止めたトオルは、マルコとともにイザベリスの中心の中心へとやってきていた。


 すなわち、領主の屋敷だ。


 昨日、ギルド長から領主のインザーギ伯爵の手紙を受け取り、屋敷に招待されたからである。


 その手紙には格好はいつもの格好でいいとあった。

 ただ訪れる場所が場所なので、夜のうちにできる限りキレイにしてある。


「――お待ちしておりました。トオル殿とマルコ殿ですね? 伯爵様から話は伝え聞いております」


 そうして訪ねた大きな屋敷の門の前にて。

 街の門番よりも屈強そうな衛兵に屋敷の門を開けてもらう。


「「…………、」」


 トオルとマルコはさらに緊張して庭を進む。

 庭師が整えた庭は広くて美しく、この時点でも見る者に伯爵の地位と権力を示してくる。


 ――ちなみに、犬猿雉トリオは宿で待機だ。


 話ではインザーギ伯爵は亜人差別のない人物らしい。

 とはいえ、あまり大勢でいくのはよろしくない、という二人の判断からである。


「よくぞいらっしゃいました。私はこの屋敷で執事を務めるピエトロと申します。……ささ、インザーギ家の屋敷にどうぞお入りください」

「は、はい。お邪魔いたします!」

「お邪魔するのであります!」


 玄関前で待っていた執事のピエトロに案内されるトオルとマルコ。


 さらにガチガチに緊張しつつ、吹き抜けの玄関ホールから廊下の方へ。

 赤い絨毯が敷かれて両脇に高そうな絵画や彫像が並ぶ中を、執事に続いて進んでいく。


「それではこちらでお待ちください。ただいまイザイア様をお呼びしてまいりますので」


 通されたのは一階の応接間だ。

 これまた廊下と同じく高そうな調度品が並ぶ部屋で、トオルとマルコは黒革のソファに座って待つ。


 ――――…………。


 永遠にも感じた、その三分が経ったあと。

 ガチャリ、と扉が開き、即座に立ち上がったトオルとマルコがいる応接間に――一人の老人が入ってきた。


「やあ、お初にお目にかかる。……君がトオルだな。隣は仲間のマルコか」


 声は少し枯れていても、力強いその瞳にトオルとマルコの姿が映る。


 白髪混じりの金髪のオールバック。

 六十五という年齢を感じさせない、肌の質感と立派な体格。

 若かりし頃は自らも剣を握り、千を超える魔物を斬り倒した豪傑。


 ついた異名は『闘犬伯爵』。


 王からは信頼されて領民からは慕われる、イザイア=インザーギその人である。



 ◆



「ワシがイザイア=インザーギ。ここインザーギ領の領主をしておる爺さんだ」


 ニカッ、と笑って犬歯を見せる伯爵。

 明らかに緊張している二人をほぐすように、自らを爺さん呼びしてからソファに座った。


「初めまして。俺はトオルといいます。登録したての新人冒険者です!」

「私はマルコであります。お会いできて光栄であります。同じく新人冒険者であります!」

「うむ。元気のいい声だ。若い者はやはりこうでなくてはな!」


 伯爵は大口を開けて上機嫌に笑う。


 そしてメイドが持ってきた紅茶を飲み、扉の脇に執事のピエトロが控える中で。

 伯爵の口から出たのは、トオルたちへのお褒めの言葉だ。


 よくあの腕狩りを倒してくれた、と。

 領主軍も手を焼いていて本当に困っていた、と。


「あんな極悪非道をいつまでも野放しにはできんからな。改めて礼を言わせてもらおう。この度は素晴らしい働きであった」

「あ、いえ。きょ、恐縮の極みです!」

「私は何もしていないのであります。すべてトオル殿一人の力であります!」


 と、身分も違えば年齢も遥か上の伯爵を前にして。

 褒められて感謝されたのにもかかわらず、ペコペコと頭を下げるトオルとマルコ。


 そんな二人を見て――伯爵と見守っていた執事の目には少しの驚きの色が。


「ほう。今回の活躍を恩にも着せないか。さらには仲間がやって自分は無関係であると。……実に素晴らしいな」


 冒険者というのは自我の塊だ。

 それは駆け出しのEランク冒険者であっても例外ではない。


(こういう冒険者もおるのか。それに初めて見るが……礼儀もきちんとしておる)


 会ってまだ十分と経たずに、トオルたちを気に入った伯爵。

 普段はあまり他人に興味を持たない伯爵は、ぜひもっと詳しい話を、二人の素性について知りたいと思うも……。


「招待してせっかく来てもらったというのに……この時間しか空いておらんくてな。あと五分くらいか? ピエトロよ」

「はい。残り五分少々となっています、イザイア様」

「そうか。……いやはやまったく、計算高い商人どもよりも、こういう好青年と話したいものだな」


 さらに「本当に領主は忙しくて困る」とぼやく伯爵。

 するとここで、トオルを真似て頭を下げるというやり方で謝ってから、


「では早速、今回の働きへの褒美を渡そう」

「え? 褒美ですか?」

「もちろんだ。何せ腕狩りの一味を壊滅させるという功績だからな。褒美はワシだけでなく領民全員の感謝の気持ちでもある」


 言って、手を叩いた伯爵の合図で応接間に台車が運ばれてくる。


 その上に乗っていたのは、中身で膨らんだ巾着袋と腕輪のようなものだ。

 巾着袋の方は明らかにお金と思われるので、トオルはもう一つの腕輪に見入る。


「伯爵様。こちらの腕輪は……?」

「ハハ、やはりそっちが気になるか。巾着袋の方は予想通り金貨だ。ギルドの懸賞金に加えて受け取るがいい。――そしてその腕輪の方は、我がインザーギ家に残る魔道具の一つだな」


 魔道具とは特殊な魔法が込められた道具のことだ。

 トオルがすでに持っている魔法袋も、同じくこの魔道具に分類される。


「名を『回避の腕輪』という。回避する際のみ敏捷が上がる効果があるのだ。昔はワシが使っていたが、眠らせておくのはもったいないからな」

「な、なるほどです。ありがとうございます!」


 運ばれた腕輪を卒業証書よろしく両手で取り、トオルは魔法袋に収納する。


 巾着袋の中身は金貨二十枚(二百万ゼニー)ということなので、いちいち確認はせずに同じく魔法袋の中へ。


「――おっとそうだ。一つ忘れておった。たしかトオルよ、君が例のフライドポテトを考案したらしいな?」

「ん? フライドポテトですか? ……はい、たしかに俺が村の皆に教えましたが……」


 と、ここでまさかの伯爵の口からフライドポテトというワードが。


 聞けばカンナ村からイザレーナへ、そしてここ領都イザベリスにも伝わっていたようで、

 つい最近、食べたばかりの伯爵は、あまりの美味しさに痛く感激したようだ。


「それはよかったです。あれは調理も簡単ですしね」

「うむ。屋敷の料理長もそう言っておったな!」


 トオルたちの緊張感はまだ残りつつも、和やかな雰囲気になる。

 最後に笑顔で握手を交わして、忙しい伯爵は応接間から出ようとしたところで――。


 コンコン! と強めにノックされた扉。


 続けて扉の向こうから、

「イザイア様! 緊急のお知らせが!」という焦った様子の男の声が聞こえてきた。


 直後、伯爵の「入れ」という声に、脇に控えていた執事が扉を開ける。

 するとやはり慌てた様子の一人の男、上等そうな全身鎧を纏った兵士風の男が入ってきた。


 そして、領主である伯爵の前に跪くと――男は緊急の知らせを伝えた。


「街の西方! ヒルダラ山脈にスタンピードの予兆ありです!」

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