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第25話 領都と紋章

「近くで見るとまたデカイな。さすがは伯爵様の領都か」

「でありますね。さすがに少し緊張するのであります」


 女聖騎士カーティアという嵐が去った。

 その後、領都イザベリスの北門に着いたトオルたちは、街へ入る許可を得るために列に並ぶ。


 さすがは領都だ。出入りする人はかなり多い。

 イザレーナではすんなりと入れたところ、イザベリスでは朝から三十人近い人や荷馬車が並んでいる。


「ん? その黒髪……君はもしやトオルか?」

「あ、はい。そうですが……?」


 そうして順番がくると、初対面なのにトオルの名前を知っていた門番。


 理由は当然、腕狩りの討伐だ。

 すでにトオルの名前と身体的特徴は、インザーギ領主軍の末端にまで伝わっている。


「腕狩りの件は素晴らしい働きだったようだな。ここはインザーギ伯爵のお膝元だ。領主軍を代表して歓迎するぞ」

「ありがとうございます」


 無事に門をくぐると、先に広がっていたのは人と建物の群れ。

 予想通りイザレーナよりも発展していて、ここは都会だと入った瞬間に分かる。


 そんな大きな街にて、まずやるのは宿の確保だ。

 マルコが門番にしれっと聞いていた、少し安めのオススメの宿を目指す。


(この二日での馬車代や食事代は大した額じゃないけど……見栄を張る必要もないしな)


 手元にはまだ腕狩りの懸賞金(四百万ゼニー)のほとんどが残っている。


 金銭的には余裕があるも、節約できるところは節約しよう! というのを五人で決めていた。


「あ、こっちでしゅよ! トオル隊長!」

「オイラが先に見つけたッスよ! あの赤い屋根ッス、トオル隊長!」

「いいや俺の目が一番先に捉えたぜ、トオル隊長!」

「はいはい。分かったから。俺よりも領都にはしゃぐんじゃないっての」


 どこか東京を思い出しながら、多くの人種からなる人混みの中を進むトオル。


 教えてもらった宿に入ると、運よく部屋が二つ空いていたので、

 トオルとマルコ、そして犬猿雉トリオで部屋を分けることになった。


「どうするのう、お客さん? 長く泊まるなら一度に何泊分か払った方が安くなるのじゃ」

「ではそれでお願いします。あ、二部屋分まとめて俺が払います」


 人当たりがよくて優しそうな、どこか村長の面影も感じる宿屋の老主人に言われて。


トオルは何だか懐かしい気分になりつつ、とりあえず十日分の宿泊費を前払いする。


 宿の名前は『銀の灯火亭』だ。

 二階建ての宿で、一階の一部が食堂となっている。


(よし、これでひとまず次の拠点が決まったな。一安心の極みだぞ)


 旅の疲れも地味に溜まっていたトオルは、ベッドの上に子供のように倒れ込んだ。



 ◆



「……あれ? 何だこれ??」


 宿が決まり、しばらくダラダラと体を休めたあと。

 むくりと起き上がったトオルは、ベッドの上でそう呟いた。


 その手にはあるのは魔法袋だ。

 お詫びと友好の印かつ槍の弁償分として、カーティアの従者オスカルにもらったものである。


「トオル殿、どうかしたのでありますか?」

「いやさ、魔法袋ってどんな感じかなーってイジっていたら……」


 巾着袋サイズなのに肘まで入っているトオルの右腕。

 そこからスッと取り出したのは、拳大の金属プレートのような平たいものだ。


「こんな謎なものが入っていてさ」

「ぶほっ!? ……そ、そそそそれは紋章でありますよ、トオル殿!」

「ん? 紋章?」


 その平たいプレート、正確には表面に刻まれていた剣と波の模様を見て。


 初めて聞く裏声を上げたマルコは、驚きすぎて自分のベッドの上から転げ落ちた。


 ――そう、紋章。

 トオルが何気なく手にしているそれは、特定の貴族家を示す紋章が刻まれた特別な代物だ。


「おお、そうだったのか。この中に入っていたってことは……カーティアの家のか。えっと、名前は何だったっけ?」

「アドルナートであります! 私たちのいるインザーギ領の領主様と同じく、上級貴族に当たる伯爵様でありますよ!」

「ああ、そうだそうだ。アドルナートだ。……横文字だといまいち覚えづらいんだよなあ」

「いやトオル殿、何でそんなに落ちついて鼻をほじっているのでありますか!? 貴族家の紋章でありますよ!」


 寝転がって紋章を眺めるトオルと、ひたすら驚くマルコ。

 そのやりとりを壁越しに聞いて、何だ何だ? と隣の部屋の犬猿雉トリオも合流する。


 そこで仕切り直しでマルコから伝えられたのは、紋章が刻まれたこのプレートの価値についてだ。


 貴族家の者はもちろん、その貴族家に認められし者だけが持つもの。

 これを相手に見せればどうなるか? 一言で言えば効果抜群だ。


 当該貴族家の虎の威を借りる形で、様々なことに利用できる便利な代物である。


 だから当然、簡単に悪用もできてしまう。

 特にその貴族家以外で持たされる者は、代々からの専属商人などかなり信用された者だけだ。


「……おお、スゴイな。じゃあこれは返した方がよさそうだな」


 ようやく紋章の価値を理解したトオル。

 元の世界の平民的にもちょっと怖くなったので、そっと優しく魔法袋に戻しておく。


(でも普通、そんな大切なものを魔法袋に入れておくか? しかも忘れているし。あのキッチリしてそうな従者が……でもまあ、あの女聖騎士付きだから色々と大変なんだろうな)


 そういう重大なミスもあるか、とトオルは一人納得する。


 モノ的にすぐに返した方がいいのは間違いない。

 ……ただ、せっかくイザベリスに来たばかりなのだ。


 マルコによると隣といってもアドルナート領は遠く、そこそこ大きな森も抜けなければならない。


「まあ、またアイツは来るだろ。もし来なくても次の旅先としてあとで向かえばいいか」


 ――というわけで、紋章騒動についてはこれで終わり。


 宿で体を休めたトオルたちは、宿を出て再びイザベリスの街へ。

 人混みの中を街の中央に向かって進むと、十分ほどで次の目的の建物へとたどり着いた。


「冒険者ギルドでしゅ!」

「イザレーナのより大きいッス!」

「相変わらず痺れる外観だぜ!」


 どの街でも共通の、赤レンガ製の目立つ二階建ての建物。

 騒ぎ出した犬猿雉トリオの言う通り、ここが冒険者ギルドである。


 ここに来た目的は一つ。冒険者ギルドに登録するためだ。


「んじゃ、入るか。変な大男に絡まれませんように!」


 ドアを開けていざ冒険者ギルドへ。


 内部は元の世界の知識とほぼ同じだ。

 大きな依頼ボードと、美人受付嬢が並んだカウンターが存在していた。


 そしてやはり、装備を纏った屈強な者たちの姿も。

 依頼ボードに張られた紙と睨めっこをしたり、イスに座って大声で喋っている。


 ……その中を気持ち小さくなって進むトオルたち。

 トオルに関してはオーガ級なので、かなりの猛者でもいない限り一番強いのだが……見た目と空気に圧倒されてしまう。


 ただ結局、トオルたちの心配は杞憂に終わった。


 特に誰にも絡まれず、美人受付嬢に登録を申請。

 領主軍と違って腕狩りの件もまだ伝わっていないようだ。


 噂の黒髪黒眼だと騒がれることもなく、冒険者ギルドでの登録はすぐに終わった。


「ふう。何かあっさりだったな」

「でありますね」


 新たに登録したトオルとマルコは最低のEランクからスタート。

 ちなみに最高はSランクで、言わずもがなそこに届くとすれば最上級職だけだ。


「「「ぐぬぬぬぅ……!」」」


 犬猿雉トリオは職業が村人なので、やはり登録できず。……まあこればかりは仕方ない。


 ――とにもかくにも、こうして実力とランクが凄まじく見合わない新人冒険者が誕生したのだった。

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