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第24話 圧倒的候補の男

「ゼェハァ……うっぷ! な、何とか間に合いましたか!」


 戦いは突然、終わった。

 どちらかの勝利によってではなく、執事のような格好をした中年の男のダイブによって。


「む、オスカルか。どうして我の邪魔をする? コイツはあの凶悪な腕狩りだぞ!」


 間に割り込んだ中年の男に、女聖騎士のカーティアは不満顔だ。


 対して、中年の男は乱れた呼吸を整えてから。

 七三分けの髪をササッと直すと、怒ったような視線を向ける。


「お嬢様、違います! 彼は腕狩りなどではありません。むしろ正義の味方ですよ!」

「せ、正義の味方だと?」


 立ち上がった男、オスカルは首を縦に振る。

 そして一人、この場でカン違いをし続けているカーティアに説明した。


 珍しい黒髪黒眼のこの方こそが腕狩りを倒した男です! と。

 お嬢様の脳みそは全部ごっちゃになっています! と。


(うんうん。その通りの極み。よく言ってくれたぞ、オスカルさんとやら!)


 それを静かに聞いているトオル。

 後ろの方ではマルコと犬猿雉トリオが激しく頷いている。


「……う、うむむ。我は何という大失態を……ッ!」


 美しい顔が歪んだ直後、ガクッと崩れ落ちて両手をつくカーティア。


 何だかその姿さえサマになるな……と思いつつ、トオルは近づいてその肩をポンと叩いた。


「まあ、カン違いは誰にでもあるしな。相当ビビったけど、こっちは誰もケガしていないし気にするなって」

「!? なっ、許してくれるというのか? この愚かでゴミクズな聖騎士崩れの我を!」

「いや、そこまで卑下せんでも……。とにかく顔を上げなさいって」

「あ、ああ。その大きすぎる度量に感謝する!」


 立ち上がると同時に強制握手をするカーティア。

 大人な対応を見せたトオルに感謝すると、コホン! と可愛らしい咳払いをして、


「改めて大変失礼した。我はカーティア=アドルナート。まだ未熟者ながらも一応は聖騎士だ。そしてこっちが」

「従者のオスカルです。この度のお嬢様の暴挙、誠に申し訳ありませんでした」


 今度は襲撃ではなく自己紹介を受けたトオル。

 聞けばカーティアは貴族の娘で、隣の領地に当たるここインザーギ領に所用で来ていたようだ。


「あなたは貴族でしたか。もしかして貴族だから最上級職だったりするのですか?」

「ふむ、どうだろうな。たしかに平民と比べれば、貴族の方が職業に恵まれた者は多いか。それでも最上級職は稀だがな」

「……なるほど。そういう感じなんですか」


 この世界で最も重要な職業。神から授かった才能ともいう。


 貴族においてのその事情を少し知って、トオルは顎に手を当てて頷いた。


 ――ちなみに、迷惑をかけられたので聞けば答えてくれるかも? と。

 トオルは興味本位&ダメ元でスリーサイズ……ではなくステータスまで聞いてみた結果。


「もちろんだとも!」と快諾したカーティア。

 選ばれし最上級職の一つ、聖騎士であるカーティアのステータスは次の通りだ。



【名前】 カーティア=アドルナート

【種族】 人間

【年齢】 十八歳

【職業】 聖騎士


【レベル】 19

【HP】 666/666

【MP】 522/522

【攻撃力】 630

【防御力】 650

【知力】 505

【敏捷】 585


【スキル】

『常時小回復』

『毒浄化』

『聖十字斬り』



 ……強い。強すぎる。

 ステータスこそオーガ級のトオルと同等(MPと知力はトオルが完敗)でも、そのレベルはまだ19だ。


 固有スキルも現時点で三つあり、どれも使い勝手のいいものだった。


(これが最上級職……。もう上級職以下のヤツからしたら反則だろ)


 しかもまだ剣の修行が中心で、本格的なレベル上げはしていない。

 もし今のトオルと同じレベル29だったら……完全に負けていただろう。


 その事実に、思わずブルッ、と背筋が震えたトオルに向けて。


 美しい顔に不敵な笑みを浮かべたカーティアから――まさかの言葉が飛び出した。


「フフ! やっと見つけたぞ! 我の圧倒的夫候補を!」



 ◆



「…………、はい?」


 何かの聞き間違いかと固まるトオル。

 そんなトオルの困惑の反応を見ても、お構いなしにカーティアは続ける。


「我より年上そうでも充分にまだ若い。なのにこの強さだ。黒髪黒眼も珍しいし、愚行を犯した我を許すという大きな器。――うむ、やはり圧倒的夫候補に間違いないな!」


 一息に出てきたお褒めの言葉の数々。

 だから君は圧倒的夫候補だと、カーティアは一人納得するように何度も言う。


「たしかに、お嬢様の仰る通りですね。お嬢様の刃を受け止めた実力も、それを水に流した人格も。お相手としては文句なしです」

「おお、オスカルもそう思うか!」

「いやちょい待ての極み! あなたは否定するのが流れでしょ今の!?」


 まさかの七三分けの中年従者、オスカルも止めるどころか賛成だ。


 貴族の恋愛や結婚事情などトオルは知らない。

 だがとりあえず、この二人に自分が認められてしまったのは分かった。


 ……単純に美女から夫候補だと言われること自体は嬉しいものだ。

 ただ相手は貴族で、男っぽい豪快な感じもある上に、


 何より、まだ分からないことも多い異世界だと考えれば……むしろまったく喜べない。


「…………、」


 怒涛の展開についていけないトオル。

 さらに後ろでずっと置いてきぼりのマルコと犬猿雉トリオも、呆然と口が開いたままだ。


「とにかく、会えてよかったぞ。我に紹介されるのは貴族のダメ息子ばかりだったからな。……えっとそうだ、君の名は?」

「あ、俺はトオルといいます」

「ふむ、トオルか。名前も珍しいな。――ではトオルよ、お茶でもしながら交流したいところだが……。残念ながら我は父上に呼ばれて一旦、家に帰らねばならないのだ」

「は、はあ」

「だからしばしお別れだ。次に会う時は互いにさらに成長した姿を見せ合おうぞ。……何、圧倒的夫候補のトオルの心配はしていないさ!」

「え? おいちょっと、あのー……」


 そう言い残して、トオルの職業は聞かずにスゴイ速度で走り去っていく。


 ……実はカーティア、腕狩りと誤認したトオルを倒すために走って来たのではない。


 馬車よりも自分の足の方が速いと断言。

 隣のアドルナート領まで走って帰ろうとした際、たまたまトオルを発見したのだ。


「だ、だからお待ちを! お嬢様!」


 今度は焦った従者のオスカルが走り出す……その前に。


 追いかけるのを止めたオスカルは、トオルに向き直ると紳士な会釈をした。


「おっと失礼。ささトオルさん、謝罪と友好の印を込めて、これをどうぞ受け取りください」

「ん? これは?」


 突然、オスカルから何かを渡されたトオル。

 それは一見、ただの巾着袋だが、掌から感じる独特の感覚(魔力)から違うと分かる。


「これは魔法袋です。お嬢様が槍も壊してしまいましたし、弁償代も含めてこれでお願い致します」

「おお、スゴイ! 魔法袋ですか!」


 巾着袋はまさかの魔法袋だった。

 いわゆる重さも大きさも関係なしに収納できる、とてつもなく便利なものだ。


 以前、行商のコズモからその存在は聞いていたので、トオルは歓声にも似た声を上げた。


 たしかに槍はカーティアのせいで槍先がひん曲がってしまっている。

 それでも所詮は鋼鉄製、貴重な魔法袋と比べれば価値は雲泥の差だ。


「では私もこれで。これからもお嬢様と仲良くしてください。圧倒的夫候補として!」

「あ、はい」


 最後にそう言って、従者のオスカルはニコリと笑う。


 つい魔法袋をもらえた喜びから、トオルは条件反射で答えてしまったが……。


 すでにオスカルはカーティアを追って走り出していたので――もう前言撤回はできなかったのだった。

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