第23話 最上級職の女
「旅は道連れ世は情け。やっぱり一人よりも皆がいいなー」
イザレーナに一泊したトオルたち。
美味しそうな屋台で朝食を済ませると、朝一番の駅馬車に乗ってイザレーナを出発していた。
そうして南に向けて馬車に揺られること、丸二日。
夜に魔物の襲撃こそあったものの、護衛が出る前にオーガ級のトオルが瞬殺するなど、順調に旅は進んでいた。
……のだが、
「あちゃー、こりゃいけねえ。動かなくなっちまったな……」
御者のおじさんが困り顔で馬から下りる。
少し前から違和感があった馬車の車輪が、ここで故障してしまったのだ。
「すまねえ、兄ちゃんたち。ちょっと直すのに時間がかかりそうだ」
「いえ、構いません。あとは散歩がてら歩いていきますよ」
「そうか? 悪いな。魔物の撃退もしてもらって……こっちが助かったぞ」
馬車は壊れてしまうも、実はそんなに困ることではなかったりする。
なぜなら、トオルたちの視線の先。
街道が続く先にはイザレーナよりも高くてぶ厚そうな、領都イザベリスの城壁が見えていた。
ちなみにその右手側(西)には、ヒルダラ山脈と呼ばれる大山脈の姿が。
領主のインザーギ伯爵が住むイザベリスの冒険者たちは、あの山脈を狩り場として活動しているらしい。
「じゃあ、いくか。あともう二キロもないくらいだろ」
「でありますね。さあ、三人も下りるのでありますよ」
ほかにお客さんはいないので、トオルたち五人全員が馬車から下りる。
多少はガタガタしているが、整地された街道を自分たちの足で進み始めて――十秒と経たず。
「……ん? 何か街の方から来ていないか?」
トオルたちに向かってくるように、何かがスゴイ勢いで走ってきている。
しかもまだよく聞こえないが……何やら大声を上げているようだ。
そこからさらに十秒と経たず。
ハッキリと姿が見えてきたのは、剣を手にした一人の若い女だった。
「見つけたぞ! 残虐非道な腕狩りめッ!」
叫び、手に持った剣を振り上げた瞬間。
消えるように急加速したその女は――トオル目がけて斬りかかってきた。
◆
「は!? いや何を言――ぐぬぬぅう!」
もうすぐで領都イザベリスに到着する。
そんな旅の終わりにトオルを待ち受けていたのは、謎の女による襲撃(?)だった。
――しかも強烈な一撃だ。
軽鎧を纏った細身の体とは思えないほどの刃が、オーガ級のトオルの槍をわずかに押し込む。
「我が名はカーティア! 聖騎士としてケダモノの貴様を処刑する!」
「えっ、聖騎士……!?」
高らかに宣言されたその言葉に反応したのはマルコだ。
トオルに初撃を受けられて一旦、飛び退いた女に対して、
驚きのあまり、マルコは無意識のうちに問うてしまう。
「聖騎士って! あの最上級職のでありますか!?」
「そうだ。我は選ばれし最上級職の聖騎士として、貴様ら腕狩りの一味をこの場で処刑する!」
「い、いや! ちょっと待つのでありますよ!?」
慌てて叫ぶマルコ。その後ろでは女のあまりの気迫に尻餅をつく犬猿雉トリオの姿が。
……明らかに女、改めカーティアはカン違いをしているようだ。
なのでトオルは槍を構えつつも、務めて冷静な声で返す。
「おい、俺たちは腕狩りじゃないって。むしろ被害者だし、そもそも腕狩りは俺がもう倒したぞ?」
「フン。我にそんなウソは通用しない。事実、この耳でしかと聞いたのだ! 珍しい黒髪黒眼が腕狩りであると!」
「は、はあ!?」
まさに聞く耳持たず。……というより、正確にはカーティアの聞き間違いだ。
旅の途中だったトオルたちはまだ知らない。
イザレーナの領主軍支部からイザベリスの本部に連絡がいき、トオルが腕狩りを倒したという事実はすでに共有されていた。
そして、それを本部にいたカーティアは聞いていたはずなのだが……。
(クソッ! 本当に何だよコイツ? スゴイ美人の極みだと思ったら、ただのヤバイやつかい!)
そのヤバイ女のカーティアは、一言で言えば相当な美女だ。
年齢は十八歳。肩まである金髪の髪に、雪のように白い肌に整った顔立ち。
元の世界でいう和と洋が混ざったハーフ系で、けれど碧い瞳が少し内斜視気味で可愛らしさもある。
さらにはスラッとしたモデル体型だ。
いきなり殺す気で来られなければ、普通にトオルは見惚れていただろう。
「やるな! さすがは悪名高い腕狩りか!」
「ぐぬッ! だから違うっての!」
初めて出会った最上級職を相手に、またもトオルがわずかに押される。
愚直で真っすぐな正統派の剣だ。
やむなく『鬼火』を牽制で放つも、危険を察知したカーティアに避けられてしまう。
「炎系のスキルまで! 上級職とはいえ、高レベルの暗殺者になるとこうも強くなるのか!」
「だから! それも違うっての!」
徐々にイライラし始めてきたトオル。
だが聖騎士の力は伊達ではなく、速く強く激しい剣戟に耐えるしかできない。
(これが聖騎士、最上級職か……!)
レベルもステータスも不明。
それでもこの若さでこの実力は、トオルに最上級職の強さを理解させるのに充分だった。
「ったくもう――ならこれでどうだ!」
単純な腕力(攻撃力)では勝っていそうでも、速さと剣技に押されてしまう。
苦境に立たされてギリギリの勝負をするトオルは、またやむなく力を使うことに。
『狂角醒』。
実力差からラウロ戦では使わなかった、オーガのもう一つの固有スキルだ。
防御力を一割下げる代わりに、攻撃力と敏捷を一割上昇。
MPは消費せずに五分間、猛攻を仕掛けるアグレッシブなスキルである。
クールタイムも特になし。連続で発動できる一方で、一日に三回までしか使えない。
「何!? 急に力と速度が……あと何か風呂上がりみたいに赤いぞ、腕狩り!?」
「だ、か、ら! あの下衆野郎と間違えるなっての! 胸クソ悪い!」
再び激突する鬼の槍と聖騎士の剣。
その結果はリスクを背負ったトオルが勝ち、初めてカーティアの方が押された。
それも大きく、だ。
バランスを崩しそうになったカーティアは、悔しそうな表情でトオルを睨む。
「……なるほど。認めざるを得ないか。ここまでの力の持ち主が相手なら――我も必殺の『聖十字斬り』を使うほかないようだ!」
「ん? 『聖十字斬り』?」
「えっ、ちょ! 待つのであります、カーティア殿とやら!?」
トオルはポカンとして、後ろのマルコは慌てふためく。
そんな二人の反応は無視。一番後ろの尻餅をついて固まる犬猿雉トリオなど眼中にもない。
カーティアは意識を集中して、MPを大量消費する大技を放とうとして――。
「お、お待ちください! お嬢様ァアアアアア!」
その寸前。
街の方から全力疾走してきた中年の男が――頭から滑り込むように割って入ってきた。




