第21話 断罪の鬼
「黒髪、テメェのせいで俺様の組織は壊滅だ。楽に死ねるなんざァ思うなよ!」
北の森で起きた戦い。
襲撃を受けた上に自らの手での粛清もあり、腕狩りの一味は残り一人となった。
そのラウロは今、揺らめく漆黒のオーラのようなものを首から下に纏っている。
暗殺者の固有スキル『闇衣』だ。
今は夜ではないため隠密効果はほぼない。ただし発動することで、防御力と敏捷に一割アップの補正がかかっている。
加えて『魔力隠蔽』も。
姿が見えているためこちらもあまり隠密効果はないが、ラウロから発される魔力がプツッ、と途絶えた。
「……それが盗賊系の上級職のスキルか」
と、ここで黒髪の男がカウント以外で初めて喋った。
いまだその黒い瞳には怒りと殺意が込められている。
だが迎え撃つラウロもまた、瞳には明確な強い殺意を込めていた。
「終わりだ。魔導戦士じゃ俺様にはついてこれねェよ!」
暗殺者の高い敏捷をもってラウロが動く。
正面からの攻撃と見せかけて黒髪の男の横に移動、目にも止まらぬ速さで半月刀を振り抜いた。
「甘い」
「チッ! 反応はできんのかよ!」
その攻撃を槍で弾き返す黒髪の男。
追撃で『鬼火』をさらに放つが、ラウロは余裕をもって回避する。
後方の木が『鬼火』によって爆散する中、ラウロは間髪入れずに後方へと回り込んだ。
――だが、これもまた防がれた。
暗殺者の三つ目の固有スキル、『背後会心』。
その一撃でダメージを与えようとするも、即座に振り向いて反応してきたのだ。
(……おかしい。どうなってやがる。攻撃と防御はあっちが上だとしても、敏捷では俺様が圧倒できるはずだろ!)
戸惑う中でも飛んでくる『鬼火』。
凶悪な魔物――オーガの固有スキルであるはずのそれが、容赦なく立て続けに襲いくる。
対して、ラウロは素早く動き回って全弾を回避。
急接近して再び背後を狙うも、並はずれた威力の槍で刃を何度も弾かれる。
(まさかステータスも……? いやそんな馬鹿なことがあるわけねェだろ!)
『闇衣』で敏捷が一割上がってなお、速さは互角。
戦場を駆ける両者の速度は完全に拮抗していた。
……ラウロは知らない方がいい。
もし目の前の男の力を知ってしまえば、勝負の結末を見る前に自分の運命を悟るからだ。
【名前】 篠山トオル
【種族】 人間
【年齢】 二十五歳
【職業】 パパラッチ
【レベル】 29
【HP】 642/646
【MP】 303/463
【攻撃力】 645
【防御力】 632
【知力】 428
【敏捷】 578
【スキル】
『モンスターパパラッチ』
『鬼火』
『狂角醒』
暗殺者のラウロが勝っているのはレベルだけ。
一つ一つのステータスも総合値もスキルの性能も、怒りに震える黒髪の男――トオルがすべて上回っていた。
「ッぐあァアア!?」
ついに『鬼火』がラウロを捉える。
正確には半月刀で迎撃をしたが、爆発の威力を殺しきれずに、ラウロの右手首から先が消し炭となったのだ。
「けど、お前は肩口からだったよな?」
北の森の最奥。この地で最強のオーガ級となったトオルが槍を繰り出す。
二人の攻撃力と防御力の差は200以上。
簡単に右肩を貫かれたラウロの腕が落ち、肩口からドボドボと流れ出た血を……トオルは左手に維持したままの『鬼火』で焼く。
「うがァアアアッ……!」
「こういう使い方もできるんでな。止血の方は任せてくれよ」
傷口を焼かれて苦しむラウロ。
それでもほんの一瞬、動きが止まっただけのラウロを、トオルは見逃すことなく追い詰める。
右の次は左腕。
槍の刺突で貫いて残る腕を落とすと、同じように維持したままの『鬼火』で焼いた。
「ぐあァアアアアッ!」
この時点で完全に勝負あり。
両腕を失ったラウロは地面に倒れ、あまりの激痛にのたうち回る。
「少しは被害者の痛みが分かったか? ……ああでも、ブルーノさんは両足もだったよな」
トオルの瞳の怒りがさらに増す。
その目線は胴体からまだ生えている、二本の足に向けられていた。
「クッ!? ま、待で――」
ラウロの言葉が最後まで発される前に、鋼鉄の槍が右脚ごと地面に突き刺さる。
と同時におびただしい鮮血が舞うが、すぐにトオルが腕と同じく紅蓮の炎で傷口を塞いだ。
「カンナ村の皆……六十七人の分だけと思うなよ。お前が身勝手に奪い取った、すべての異世界の人たちの命と無念さもだ」
「……い、異世界? テベェ、何を言っで――ッあああああああ!」
また最後まで発する前に、最後の左脚の付け根に槍が刺さる。
常人なら痛みでとうに失神している状態だ。
ステータスの高さが仇となり、ラウロはまだ意識を手放せない。
その繋ぎ止められた意識の中で……ラウロが見たのはトオルの背後のオーガの幻影。
「復讐なんて陳腐なものじゃない。これは断罪だ。……剣と魔法の異世界に、俺は極悪まで求めていない」
言って、トオルは槍を手放した。
四肢を失った痛みと火傷の痛みで苦悶するラウロを見下ろしたまま、腰の巾着袋から何かを取り出す。
それを乱暴に四カ所の火傷跡に塗るトオル。
その塗布されたモノの正体は、約一月前に洞窟で採集したプラータ草だ。
状態異常を回復できる薬草がすり潰されたもので、ラウロの火傷の痛みを少しばかり取り除く。
「何の、真似をォ……!?」
「万が一、痛みで気を失われても困るからな。まあその時は即、叩き起こすけど」
もう身動きの取れないラウロの髪を掴むと、トオルはここで移動を始める。
そうして、森を南の方にしばらく歩くと、一体の大きな魔物の姿が見えた。
オークだ。
腹が減っているのか、周囲を見回しながらズンズンと森を歩いている。
「!? お、オイ! テベェ何を考えでやがる! 冗談だろ……!?」
何かを察したラウロが騒ぎ出す。
そんなラウロの髪を掴んだまま、トオルはオークへと近づいていく。
「何で最後まで俺が手を下さないといけない? 今さっきまでお前はオーガと戦っていたんだ。相手はまた同じ魔物だからおかしくないだろ」
オークがこちらに気づくと同時、トオルはラウロを放り投げた。
一方、ゴロゴロと転がってきたそれを確認して、
オークはニタァ、と汚い歯を見せた笑みを浮かべる。
「や、やべろォオオオオオオオ――!」
オークはよほど腹が減っていたのか、ラウロを手に取ると貪るように食べ始めた。
オークという魔物はジャイアントスパイダーと違って頭よりも胴体を好む。
下の方から喰いつき、噛み千切り、美味しそうに大罪人を咀嚼している。
やがてそれは首まで到達。恐怖に染まった表情で朽ち果てた生首だけが残ったところで、
「……ご苦労の極み。もう充分だ」
トオルが力づくでオークの豪腕から首を奪い取る。
と同時に放たれた『鬼火』がオークの頭を消し炭に変えて、続く爆発で上半身すべてが吹き飛んだ。
MP20を消費して放たれた極悪のファイアボールにより、オークは怒りを表す前に絶命した。
「こんなんじゃ全然、足りないだろうけど……あとは閻魔様に任せるか。死んだあとの世界はさすがに同じだろ」
冬の冷たい風を浴びて、トオルは生首片手に歩き出す。
その姿はまるで北の森の王。さらに強き者はこの地には存在していない。
――こうして、残酷無慈悲で知られる腕狩りの一味は壊滅したのだった。




