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第20話 腕狩り

「領主軍も大したことねェな。仕事もしねェで遊んでんのか? フハハハァ!」


 フェイレーン王国の北に位置するインザーギ領、そのさらに北にある北の森。

 数多くの魔物が生息する深く広大なこの森に、王国中で恐れられる男たちの姿はあった。


 腕狩りの一味。


 腕狩りの異名を持つかしらのラウロが率いる、近頃はインザーギ領内で活動する危険な賊だ。


「ヨランダ。ヤツらがこの森深くまで来てねェのはたしかだな?」

「ええ、頭。おそらく行商が軍に知らせたはずだけど、まだウチらの仕業とは思ってないようだわ」

「フハハハァ! 滑稽だな。ヤツら弱ェくせに脳みそまで回らねェか!」


 そんな一味の現在の拠点は、北の森の中にあった小屋だ。

 一月ほど前に潰したカンナ村という森の農村から、真っすぐ北上したところにある。


 まだ領主軍に存在を勘付かれてはいない。

 加えて、カンナ村を襲撃した際に得た収穫により、頭のラウロは上機嫌だ。


「思ったより金はあったな。『糸の村』なんざ俺様は知らねェが……まさかあんなに美味いとはなァ」


 青白い顔で額に血管が浮かぶ、幽鬼のようなラウロは笑う。


 恐怖に染まった表情。悲鳴。ボトリボトリと落ちていく腕の数々。

 その村人たちの反応一つ一つが、一月経った今でも、興奮としてラウロの脳裏に刻まれている。


「一息に襲撃するのも悪くねェが、何食わぬ顔で侵入して暴れるのもいいもんだ。一役買ったお前もそう思うだろ? ヨランダ」

「フフ。そうね。裏切られた時のアイツらの顔は傑作だったわ」

「フハハハァ! よし、なら次の村もこの手でいくかァ!」


 善意に付け込んだ悪行は密の味。

 恐ろしさと残忍さだけなら、王国一とも呼ばれる腕狩り。


 その正体は、金よりも殺戮に溺れて欲するただの狂人だ。


 だからこその上機嫌。老いた村長の家にあったブドウ酒を、喉を鳴らしてラウロは飲む。


 ……だが、そんなラウロにも二つほど気になることはあった。


「結局、ニコラのヤツはあれから帰ってこねェな。……まァ、お遊び中にものを落として気づかねェバカだ。油断して森の魔物にでもられたか」


 襲撃した翌日、落としものを拾いに村に戻った仲間のニコラ。

 前に商人の荷馬車から強奪した高価なネックレスを、拾いに出たまま戻らないのだ。


 そして、もう一つ。


 そのニコラを探しにいかせた部下が、いつの間にか墓が立てられた村の姿を確認していた。


「だから領主軍も俺様に気づいてねェわけだが……どこの誰がやったんだ?」


 わざわざ埋葬するなど酔狂なやつがいるものだ。

 そう嘲笑ったラウロは、再びブドウ酒を口に運ぼうとして――。


「――ッ!?」


 刹那、悪寒を感じ取ったラウロは床に伏せる。

 放り出されたブドウ酒の瓶が宙にまだ浮いた中――ボカァアアン! と。


 突然、起きた爆発によって、ラウロたちがいた小屋の屋根が吹き飛んだ。


(あァ!? 何だってんだよ、オイ……!)


 巣に煙を焚かれた虫のごとく、一斉に破壊された小屋から出る。

 木端微塵でも被害は屋根だけであったため、中にいた九人全員が外へと脱出した。


「「「「「!?」」」」」


 そんな難を逃れたラウロたちの目に映ったのは――一人の男。


 薄汚れた灰色の外套を纏った、珍しい黒髪黒眼の男だった。



 ◆



 冬の足音を告げる冷たい風が吹き抜ける。

 風に揺らめいた外套を纏う黒髪の男は、ラウロたち全員をその黒い瞳で睨んでいた。


「テメエの仕業か! いきなり何しやがる!?」

「お前、誰にケンカ売ったか分かってやがんのか!?」


 黒髪の男にラウロの部下たちが吼える。


 襲撃とはするものであり、されるものではない。

 プライドを傷つけられた部下たちは、それぞれ腰の片手剣を鞘から抜いた。


 その一方で、頭のラウロは冷静に黒髪の男を観察する。


(さっきの一撃は『火魔法』のスキルか。威力からして上級職の大魔道士だろォが……)


 なぜか二メートルもある鋼鉄の槍を持っている黒髪の男。

 となれば純粋な魔道士タイプではなく、派生した上級職の魔道戦士だろう。


 また格好も領主軍のものではないと考えれば……どこかの冒険者だと思われる。


「フハハハァ!」


 ラウロの青白い顔がニタァ、と笑う。

 たとえ魔法と槍の二刀流が相手だろうと、自分と八人の部下がいれば問題なく仕留められる。


 ――余裕のつもりか、最初の一撃で狙わなかったのは間違いだったな。

 そうラウロが口を開きかけたところで、


「あァ!?」

「何ッ!?」


 最も前方に位置する部下が動こうとした寸前。

 黒髪の男の姿がその場から消え、甲高い金属音とともに鮮血が飛び散った。


 それを目で追えていたのは、ラウロとヨランダの二人だけ。


 残りの六人は何が起きたか分からなかった。

 いつの間にか胸当てごと胸を貫かれた仲間一人が、急に血飛沫を上げて倒れたのだ。


「――あと八人」


 と、ラウロたちの正面から右側に移っていた黒髪の男が静かに言う。


 まるで氷のように冷たい声だ。

 その黒髪の男の顔には獣の爪痕か、額から左の顎にかけて大きな傷が刻まれている。


(速ェな。あの傷と魔道戦士でこの敏捷は……修羅場をくぐった高レベルの冒険者か)


 仲間が瞬殺されても、なお冷静なラウロ。

 また一人、先に仕掛けた黒髪の男の槍に貫かれても、その幽鬼のような顔に焦りはない。


「――あと七人」

「だろうな。見りゃァ分かるっつんだよ!」


 ラウロに余裕があるのは当然、自身も選ばれし上級職かつ高レベルだからだ。



【名前】 ラウロ

【種族】 人間

【年齢】 三十五歳

【職業】 暗殺者


【レベル】 32

【HP】 469/469

【MP】 335/335

【攻撃力】 492

【防御力】 396

【知力】 303

【敏捷】 520


【スキル】

『闇衣』

『魔力隠蔽』

『背後会心』



 盗賊系の上級職であるラウロは半月刀の切っ先を黒髪の男に向ける。


 これまで軽く百人以上、二百本以上もの腕を切り落とした愛刀だ。

 低く半身に構えて、黒髪の男に斬りかかろうとした――のだが、


「ば、馬鹿な!?」


 頭であるラウロの動きが止まる。そして、ここで初めて動揺してしまう。


 ――原因は黒髪の男の左手。

 右手で槍を持ったまま、左手だけを外して……その手から炎が発現したのだ。


 色は紅蓮。赤などという生易しい色ではない。

 離れていても分かる灼熱の紅蓮の炎が、黒髪の男の手から勢いよく投げ放たれる。


 直後、回避できずに炎を受けた部下の一人が防具ごと爆散した。

 断末魔を叫ぶことすら許されず、一瞬にして紅蓮の炎によってその命が消える。


 さっき小屋の屋根を破壊したのは間違いなくこの炎だ。


 一見、球体で『火魔法』のファイアボールに似ている。

 だが見ての通り、凶悪すぎる威力はその比ではない。


「『鬼火』だと!? ……何で人間が魔物のスキルを使ってやがる!?」


 あり得ない光景を見せつけられて、わずかに一歩、ラウロが後ずさった。



 ◆



「――あと六人」


 淡々と残る人数のカウントだけを数える黒髪の男。

 たった一人で襲撃を行った男が使ったのは、確実に『鬼火』と呼ばれるスキルだ。


 炎の色も球体の形も、着弾と同時に爆発するという現象も。

 そのすべてが、とある魔物が使う固有スキルの『鬼火』と一致していた。


(どうなってやがる! 魔導戦士じゃねェのか!?)


 混乱するラウロをよそに、次々に『鬼火』によって死んでいく部下たち。


 その威力は知力ではなく攻撃力依存だ。

 あまりの威力に原形は留めておらず、まるで魔物に喰い散らかされたようになっている。


「――あと四人」

「ッ! ざけんじゃないわよ――って、まさかお前……!?」


 と、そこでヨランダが思い出した。


 目の前の男の珍しい髪色を改めて見て、ラウロに続いて一歩、後ずさってしまう。


 カンナ村を襲う前、ヨランダが客人と偽って最初に村に侵入した時。

 たしか老いぼれの村長がこう言っていなかったか?


 村には黒髪黒眼の英雄がいる、と。


「思い出したわ、アレはお前のことか! ただの小さい農村ごときの……上等だクソ野郎が!」

「待て! 焦るなヨランダ――」


 何が村の英雄だ。調子に乗せてたまるか。

 仲間を殺されて激昂したヨランダが、黒髪の男に攻撃を仕掛ける。


 腕狩りの一味ではラウロに次ぐ実力の持ち主だ。

 レベルこそ25とラウロより落ちるも、ヨランダもまた上級職の一人である。


 そんなヨランダの片手剣による一撃が、黒髪の男の首を刎ねるべく獰猛に狙う。


「……え?」

「――あと三人」


 400を超えている攻撃力からの鋭い斬撃だ。

 それを籠手の部分ではなく、生身の左の掌で受け止めてから。


 黒髪の男は右腕一本で槍を突き出し、逆にヨランダの首が胴体から離れて地面に落ちる。


 歴然たる力の差。ステータスの差。

 力を見せつけた黒髪の男は顔色一つ変えずに、ただ怒りが宿った目でラウロたちを睨む。


「ヒィイイイ! ヨランダさんまで殺られた!?」

「む、無理だ! こんなバケモノ……!」


 相手の実力を見誤った部下たちが逃げ出す。

 下級職である彼らからすれば、どう足掻いても勝てない相手だ。


「…………。あと一人」


 だが、逃走は許されなかった。


 黒髪の男、ではなく頭のラウロの半月刀が。

 敏捷の差から瞬時に追いつくと、逃走を図った二人の首を刎ね飛ばしたのだ。


「バカどもが。俺様は一言も逃げていいと言った覚えはねェぞ」


 死んだ部下の背中を踏みつけて唾を吐き捨てる。


 これで一対一。

 自らの手でその状況にしたラウロは――突如として漆黒の闇を全身に纏う。


「……もう遊びは終わりだ。鬼だか何だか知らねェが、テメェの腕も命も俺様がもらうぞ!」

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