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第19話 弔い

「……皆。……お別れの準備はいいか?」


 日が完全に落ちてから、さらに半日ほど。

 夜を迎えたカンナ村に朝日が差し始めた中で、土にまみれたトオルは静かに言う。


「はい、であります」

「うん、でしゅ」

「ちゃんと見届けるッスよ」

「いいぜ、トオル隊長」


 トオルの問いに答えるマルコたち。

 涙が枯れ果てた五人全員の顔には、濃い疲労の色が見えるが……誰一人として手を止めて休まない。


 すでに村の人たち六十七人全員が掘られた穴の中に。

 切断された両腕は本人のもとに戻して、家族は必ず隣同士に並べられている。


 ……あのまま皆を放置するなどできない。

 どれだけ時間がかかろうとも、トオルたちは一晩中、埋葬するための土を掘って土葬することに決めていた。


 ――せめてもの弔いだ。

 守れなかった懺悔と後悔にいまだ支配される中、トオルとマルコが最後に土を戻していく。


「「「「…………、」」」


 それを無言のまま手伝うドゥッチョたち。

 村の家々を焼き払った業火とは違う、慣れ親しんだ土地の土が皆に被せられていく。


「ありがとうな。でも三人は少し休むといい」

「大丈夫でしゅ。まだ僕も動けるのでしゅ」

「オイラもッス」

「俺もだぜ」


 村に帰ってからは休んでおらず、心身ともに疲れていても弔いを続ける。


 この犬猿雉トリオも頑張っていた。

 まだ一週間しか村にはいなくとも、迎え入れてくれたカンナ村の人たちのために。


 亡骸を埋めるための土を掘る力仕事はトオルとマルコが担当。

 おチビで職業村人なステータスの低い三人は、血で汚れた皆の顔をキレイに拭いてあげていた。


(たった三カ月ちょっとだったけど……大変お世話になりました)


 一人一人の顔を見て、トオルは深く心の中で感謝する。


 正直、彼らを埋葬する作業は今までのどの魔物との戦いよりも辛い。

 異名持ちオーク級のステータスにもかかわらず、軽いはずの子供たちの亡骸でさえ、とても重く感じていた。


 それでも、だ。

 村長をはじめお世話になった村の人たちを送るため、疲労を無視して心を込めて埋葬を続ける。


 ――――――…………。


 そうして、六十七人全員の亡骸を眠らせたトオルたち。


 夜が明けて朝を迎えて、昼になる前に弔いを完了。

 不格好ながらも用意した墓標の前で、気持ちの糸が切れたように地面の上に座り込む。


 ……だが、異世界の神はトオルたちを休ませることを許さなかった。


「ああン? 何だお前ら?」


 突然、心身ともに疲労困憊なトオルたちにかけられた声。


 力なく振り返った後方にいたのは――顔に傷を負った一人の男だった。



 ◆



「何だ、おま――」

「ブハハっ! 揃いも揃って何つう辛気臭え顔してやがんだよ!?」


 帰るべき家であり、今は弔いの場所。

 この場に似合わぬ笑い声を上げた男は、トオルたち一人一人を舐め回すように見る。


 腰には二本の片手剣。胸には鉄製の胸当てが。

 しかもその胸当てには、返り血を拭き取ったような痕があった。


「まだいたのかよ? お遊び中の落としものを拾いに来てみれりゃ――」

「ちょっと待て。お前まさか……!」


 今度はトオルが男の話を遮った。


 男の雰囲気と胸当ての返り血の痕。

 何より今、お遊び中の落としものと、ニタついた顔で口にしたということは、


「……お前らか。皆を襲った腕狩りっていうのは……!」

「あン? まあそりゃウチのかしらのことだが……オイ黒髪。生意気に俺の話を遮ってんじゃねえよ」


 トオルに対して脅すように殺気を放った男。


 それとほぼ同時だった。

 男が腕狩りの仲間と知ったマルコたちが、一斉に襲いかかろうとしたのを察知して、


 バッ、と両腕を横に大きく広げて、トオルは怒るマルコたちの動きを制した。


「トオル殿!?」

「「「トオル隊長!?」」」

「落ちつけ、皆。……にしてもそうか。やっぱりお前が犯人の一人だったのか」

「だったらどうする? 昨日のアイツらみてえに無駄に足掻いてみるか?」

「! ……ああ、そうだな。けど、その前に教えてくれよ」


 奥底から湧き上がる怒りを全力で押し殺すトオル。

 その微かに震える背中を見たからこそ、マルコたちも襲いかかることを止めていた。


「教える? この期に及んで何を教えてほしいってんだよ、面倒くせえな」

「……どうせ殺される運命なんだ。最後に教えてくれたっていいだろ?」

「ブハハっ! まあそうだな。お前らは殺される運命……いいぜ、聞きてえことがあるなら今のうちに教えてやるよ」


 伏し目がちなトオルを見て、嘲笑う男はトオルの願いを受け入れた。


 トオルたちは今、武器も防具も装備していない。

 少し離れた村長の家があった場所に置いてあり、完全に丸腰の状態だ。


 そんな無抵抗な村人たちを哀れんだのだろう。……いや、ただの遊び心か。


 腕狩りの一味の男は、絶望した様子のトオルの質問すべてに答えた。


「村を潰して拠点はどうするのか?」には「ここから北にある小屋を使っている」と。

「いつまで森で領主軍から隠れるつもりだ?」には「来たばかりで最低でも一カ月だ」と。

「頭の腕狩りとはどれほどの者だ?」には「盗賊系の上級職だ」と。


 表情一つ変えずに聞くトオルと、常にニヤつきながら答える賊の男。

 そして男は腰に差した二本の剣を抜き、凶悪な笑みへと表情を変えた。


「オイ黒髪。いい加減しつけえんだよ。……最期に遺す言葉はあるか?」


 殺意が乗った男からの逆質問。それに対してトオルはこう答えた。


「ペラペラと喋ってくれてありがとう。クソ下っ端野郎の極みが」

「ああン!? 何を言うかと思えばテメ――ぐがあッ!?」


 瞬間、一気に間合いを詰めたトオルが二本の剣を素手で叩き落とす。


 反応はしても、圧倒的な力の差から武器を失った男。

 さらには首を掴まれて、成す術なくその両足が宙に浮く。


 この賊の男の職業もレベルも、ステータスも分からない。

 だがトオルは出会った時に、雰囲気から分かっていた。


 倒せる、と。

 異世界転移して三カ月と少しが経ち、魔物との戦いを経て、ある程度はそういう判断ができるようになっていた。


「……こっちは聞きたいことは聞けたんだ。お前の最期の言葉なんて死んでも聞くか」


 言って、トオルは静かにし折った。

 異名持ちオーク級の高い攻撃力のままに、男の首の骨を全力で握り潰したのだ。


「……マルコ。聞きたいことがある」

「はい。何でありますか、トオル殿」


 男の死体を投げ捨てたトオルに、後ろにいたマルコが声を返す。


「この中で森の魔物に一番、詳しいのはマルコだ」

「はい、であります」

「生息する魔物については把握しているか?」

「はい。すべて頭に入っているのであります」

「……なら、一番強い魔物やつも知っているよな?」

「……はい。もちろんであります」


 そうマルコとの何度かのやりとりをして、次にトオルは犬猿雉トリオの方を向く。


「悪いな三人とも。ここからはもっと危険なことになるから……森の出口まで送ろうか?」

「何を言ってるのでしゅか、トオル隊長!」

「オイラたちも腹をくくったッスよ!」

「水臭いぜ、トオル隊長。もう運命共同体ってやつだ!」

「……そうか。なら、ちょっと死ぬ気でついてきてくれ」


 それ以上、トオルは何も言わなかった。


 村の人たちの弔いを終えて、装備を整えたトオルたちはカンナ村跡地を出発。


 ――この日から約一カ月、彼らの姿は北の森の奥へと消えた。

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