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第18話 炎上

「ほらお前ら、よそ見するんじゃないって。魔物狩りは帰るまでが魔物狩りなんだぞ」


 数年前から洞窟を寝床にしていた邪魔者、ケーブナーガを討伐して排除した。

 その洞窟内に群生するプラータ草を大量に採集して、トオルたちは少し遅めの昼食休憩を取る。


 そして洞窟がある岩場を出発。

 また険しい森の中を歩き、背嚢を背負って村への帰路についていた。


「はいでしゅ。肝に銘じておくでしゅ、トオル隊長!」

「了解ッス。トオル隊長!」

「というかトオル隊長。俺、またフライドポテトを食べすぎちゃったぜ……」


 ケーブナーガを倒したリーダーのトオルに対して、隊長呼びをし始めた犬猿雉トリオ。


 トオル本人は「恥ずかしいの極みだからやめなさい」と言うも、効果なし。

 意外に頑固でずっと隊長隊長! と呼ばれ続けて……最終的にトオルが折れた格好だ。


「村まであと少しでありますね。トオル殿、このまま休憩なしでいくでありますか?」

「そうだな。ここまで来たらもう一気にいっちゃおう」


 殿しんがりを務めるマルコの声に先頭のトオルが答える。


 そうして、道中で何度か魔物の襲撃はありつつも。

 間にいる犬猿雉トリオ、おチビな職業村人三人を守り抜いて、もう村が近いことを知らせる切り株広場(子供の遊び場)が見えた。


 ――と同時。


「あれ? ……何か焦げ臭いでしゅね?」


 最も鼻が利く犬人族のドゥッチョが、そう言って鼻をヒクヒクさせる。


 そこから少し進むと、同じ臭いを感じ取ったトオルたち。

 そんな五人の目に映ったのは――木々のさらに上、夕焼けの空にもうもうと上がる黒い煙だ。


「ちょ、ちょっと待て! マルコ、あの煙って……!?」

「か、完全に村の方からであります!」


 臭いに加えて確認できたその黒煙。

 さらにここでドゥッチョの鼻が、焦げた臭い以外の何かが混ざった臭いを感じ取った。


 まさか村に、村の皆に何かがあったのか?


 トオルの心臓の鼓動が早くなる。背中に嫌な汗がぶわっと噴き出す。

 自然と歩きから駆け足となり、黒煙の発生地と思われるカンナ村へと急行すると――。


「…………え?」


 視界を遮る、最後の邪魔な木々を抜けた瞬間。

 先頭をいくトオルの目に映ったのは、見覚えのないカンナ村の姿。


「「「「!?」」」」


 トオルに続いてそれを確認したマルコたち。

 あまりの衝撃に息を飲み、硬直した全身からは驚きの声すら出せない。


 ――なぜこんなことに?


 あるはずのない黒煙が村のあちこちから上がる一方で、本来あるはずの人の声や動きはない。


 帰ってきたトオルたちを待っていたのは、家も柵もすべてが破壊されて炎上した――変わり果てたカンナ村の姿だった。



 ◆



「じょ、冗談……だろ……?」


 目の前に広がる非現実的な現実。

 そうではないと分かっていても、トオルの口からその言葉が漏れ出てしまう。


 ……目蓋が閉じずに瞬きができない。

 ……肺が上手く酸素を吸ってくれない。


 それは何もトオルだけでなく、ただただ目の前の光景に五人全員が呆然としていた。


「ひ、酷いであります。誰がこんなことを……!」


 マルコが膝から崩れ落ちる。

 子供の頃から育った大切な村が、今では見る影もない姿となってしまっていた。


「うおえぇえ、」


 誰よりも鼻が利くドゥッチョは地面に両手をつく。

 カンナ村だった場所に広がる嫌な臭いとむごい光景。それらを受けて、ついに耐え切れずに吐いてしまう。


 その隣ではフィリッポが愕然とした表情で尻餅をついている。

 ガスパロは自分の足で立てているものの、恐怖のあまり失禁していた。


「何で……何でこんな……?」


 混乱したまま、トオルが一人、前に歩き出す。

 まだ壊れた入口の柵の外側にいたため、鉛のように重い足で村の中へと踏み入れる。


 そこに広がっているのは……あまりに凄惨な現場だ。

 破壊されて炎上する家などよりも、そっちの方がトオルたちの胸を強烈に締め上げる。


 倒れた人、人、人――。


 血まみれになった名も顔も知る人たちが、両腕を切り落とされた状態で倒れていたのだ。


「……ッ……!」


 今や焦げた臭いと彼らの死臭が入り混じったカンナ村。

 夕焼けに染まるこの時間なら、いつもなら畑の手伝いを終えた子供たちが走り回っているはずなのに……。


 誰がこの惨劇を引き起こしたのかは不明。

 だが確実に言えるのは、魔物ではない何者かの手によって、村が襲撃を受けて火を放たれたということだ。


「あ、あああああ……」


 ついにトオルも膝から崩れ落ちてしまう。

 異世界転移してから約三カ月。ずっとお世話になっていた村の人たちの姿を前に、強張った全身から一転、力が抜けていく。


 ……それでも、また立ち上がる。


 トオルは無理矢理にでも体に命令して、両足で何とか震える全身を支えた。


(ッ! でも、まだ、息がある人がきっと……! 早く助けないと!)


 足をバチンと叩き、トオルは村の中を必死の形相で回る。

 すでに焼け落ちた家の中にも入り、一人でもいいからと反応を見て探していくが……。


 約七十名。魔物狩りに出ていた男衆も全員、戻っていたのだろう。


 トオルとマルコとドゥッチョとフィリッポとガスパロと。

 洞窟に向かった五人を除くすべてのカンナ村の人たちが、腕を切り落とされた状態で死んでいた。


 ……中でも酷かったのはブルーノだ。

 トオルに次ぐ実力を持つ戦士は、村長とその妻のレベッカの近くで、両足まで切り落とされた状態で見つかっていた。


 きっと襲撃者に対して、村長たちを守るために先頭で戦ったのだろう。

 一人だけ四肢全てを切り落とされて、苦悶の表情のまま絶命していた。


「腕狩り……」


 ――と、その時だ。


 村の全員の死体を確認して、トオルがふらつく足で村の中心に立つ大樹のもとまで戻った時。

 同じく村内に入っていた四人の中で、猿人族のフィリッポがそう呟いた。


「う、腕狩り?」

「そうッス、トオル隊長。こんな悪魔の所業をするのは……腕狩りしか考えられないッス」


 擦れるようなトオルの声に、フィリッポが小さくうなずく。


 そのフィリッポいわく、


 腕狩りとは一人の賊についた異名。

 悪党として何人もの部下を従え、インザーギ領主軍にもマークされるほどの有名な賊だ。


 そして彼らの特徴はその異名通り、襲撃した村人たちの両腕を切断するという残忍さにある。


 赤子だろうと年寄りだろうと、必ず両腕を落としてから殺害するのだ。


「オイラがちゃんと伝えていれば……。いやその前に、オイラたちが村に来たッスからこんなことに……!」

「落ちつけフィリッポ! お前たちのせいなわけあるか!」


 涙を流し、頭を抱えたフィリッポの肩をガシッ、と持つトオル。

 マルコは震えるドゥッチョとガスパロの背中を優しく擦り、決して三人のせいではないと伝える。


「……むしろ原因があるなら俺だ。『糸の村』として有名にしたのは俺だからな。そのせいで狙われた可能性がある」

「な!? トオル殿も何を言っているのでありますか!」


 今度はトオルにマルコが言う。

 襲撃されたのは誰のせいでもなく、責任があるとするなら、襲撃をした腕狩りだけだ。


 ……たとえトオルたちがどれだけ後悔しても。卑劣極まりない犯人の正体が分かったとしても。


 夕暮れに染まったカンナ村には、もう誰の声も戻ってこない。

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