第17話 三度目の訪問者
「――討伐完了。これで邪魔者はいなくなったな」
パパラッチ(異名持ちオーク級)vsケーブナーガの戦いは終わった。
五分とかからずに勝利を手にしたトオルは、槍についた大蛇の毒々しい血を振り払う。
予想通りの勝利だ。
敏捷の高さと固有スキルの『毒液』は厄介だったが、高い攻撃力からの槍のチクチク攻撃で削り切っていた。
「お見事であります、トオル殿!」
「つ、強いでしゅね……」
「アレを一人で倒すんスか……」
「ま、まあ俺の次にカッコイイぜ……」
一仕事を終えたトオルにマルコが拍手を、犬猿雉トリオが驚きの表情を送る。
戦いでトオルが受けたのは尾での攻撃のみ。毒や牙での攻撃は受けていない。
受けた攻撃も『鉄糸』で強化した皮鎧のおかげもあり、固有スキル『自然回復』(パッシブ)の出番もなかった。
「……さて、レベルの方はどうなったかな?」
早速、自分のステータスを確認するトオル。
ケーブナーガはジャイアントスパイダーの一つ格上の魔物だ。
より手強いその相手を討伐した結果、レベルは1上がって18となっていた。
「んで、パパラッチだからステータスは微増しただけ、と。それはまあいいとして、時間を置いたら肝心の洞窟内を確認しますか」
言って、隠れていたマルコたち四人を呼び戻してから。
中に充満した煙が多少、抜けるのを待ったあと。
まだ残っていた火で簡易の松明を作って、トオルを先頭に洞窟内に入っていく。
暗く大きな洞窟内にほかの魔物の姿はない。
ケーブナーガは単独行動の魔物のため、番でもう一体いる心配はなかった。
「早速、あったのであります。やはり人の手が何年も入っていないから、大量にあるのでありますね」
「へえ、これがそうか」
「「「おおおー」」」
洞窟に入ってすぐ、壁際に群生していたヨモギに似た草。
目的のプラータ草だ。
状態異常の回復薬の原料となる薬草が、奥の方までびっしりと生えている。
これこそが糸を失ったカンナ村の新たな名産品候補。
以前は採集しにきていたが、ケーブナーガが寝床にしてしまって泣く泣く手放したものだ。
「最悪、毒を喰らってもこれがあったからな。ただすり潰して患部に塗ったり飲んだりしても効くんだろ?」
「はい、であります。さすがに薬師が調合したものよりは落ちますが、充分に効くのでありますよ」
「へえー。こんな葉っぱがでしゅか」
「何かその辺の雑草みたいッスね」
「というか……ペッ! これ苦くて不味いぜ」
邪魔な大蛇を排除したので、じっくりと洞窟内を見回るトオルたち。
量としてはやはり多く群生していた。
とはいえ、その量も価値も糸人間だった頃のトオルの糸と比べれば落ちてしまうが……畑で採れるイモや魔物の肉よりも稼げるのは確実だ。
「おっし。じゃあやりますか!」
カンナ村のさらなる発展のためにも、また皆で飲みたい高価なブドウ酒のためにも。
五人全員力を合わせて、汗水たらしてせっせと採集し始めるのだった。
◆
トオルたちが洞窟内でプラータ草の採集に励んでいる頃。
そこから南西に位置するカンナ村に――一人の客人が足を踏み入れようとしていた。
「どうです? ここが我らのカンナ村ですよ!」
「……へえ、スゴイですね。『糸の村』と呼ばれているのも納得です」
その客人は白い外套を着た若い女だ。
少し青みがかった銀髪の細身の女は、片足を少し引きずりながら歩き、ニコニコと笑って村を見渡す。
――そして、大樹がそびえる村の中心にある村長の家へ。
案内するのは魔物狩り中に彼女を発見したエガちゃんだ。
某有名芸人(を若返らせた感じ)に似ているからとトオルが呼び始めて、今では村の子供たちも真似してそう呼んでいる。
ちなみに本名はエドガルド。
だから本人もそこから派生したとカン違いしているのだが……まあそれは置いておいて。
そのエガちゃんが、ちょうど家の前に出て……いや妻のレベッカに叩き出されていた村長に女を紹介する。
「またですか、村長。とりあえずお客人を連れてきましたよ」
「村長さん、初めまして。私が森で困っていたところを、この方に助けていただきました」
「ほっほっほ。そうじゃったのか。つい十日前には異名持ちオークが出たばかりじゃしのう。命を落とす前に発見できてよかったのじゃ」
「はい、本当に。お礼を言わせていただきます」
礼儀正しく頭を下げる女に、村長はうんうんとうなずく。
昼間から酒を飲んでほろ酔い気味ではあるが、しっかりとした足取りで客人を自分の家へ。
ついさっきまで怒っていたレベッカにお茶を持ってきてもらい、村長と女は談笑する。
「今年の訪問者はこれで三度目じゃな。いやはや、この村も賑やかになったのう。ほっほっほ!」
「……三度目、ですか?」
「そうじゃ。三カ月くらい前に黒髪黒眼の村の英雄が、一週間前には可愛い三人の獣人が。そして今日のお客人……っと、失礼。そういえばまだ名前を聞いておらんかったのう」
「いえ、こちらこそ失礼しました。私はヨランダと申します」
「うむ、ヨランダか。ワシは村長のアントニオじゃ」
お茶を飲みながらの穏やかな会話が流れていく。
聞けばヨランダは食料がなくなったために困り果てていたのだという。
冒険者ではなく森の植物の調査にきた学者で、それは領主のインザーギ伯爵から依頼された仕事らしい。
さらに、ヨランダはとても言いづらそうに――こう切り出した。
実は私以外にも何人か仲間がいるんです、と。
私と同じように足にケガをしているのです、と。
恥を忍んで申しますが、彼らも呼んで一晩だけでも食事と宿をいただけないでしょうか? と。
「おや、そうじゃったのか。……なら遠慮はいらんのう。仲間全員、村に呼んであげるのじゃ」
「本当ですか? 感謝いたします、村長さん!」
「よいよい。このカンナ村は生活に困って流れ着いた者たちの村じゃ。領主様の依頼を受けた者じゃろうとなかろうと、困っている者を放ってはおけんのう!」
村長は胸に誇りを持って答える。
さらにシワだらけの手をポンと叩くと、
「寝床はトオルの家でよいか。トオルたちには今日はワシの家に泊まってもらおう」と、村長は布団の用意をレベッカに頼む。
――こうして、無事に村長に許可をもらったヨランダ。
彼女は森で待つ仲間を迎えにいくために一旦、村長の家を出る。
「ではでは。お仲間を迎えにいきましょうか」
ヨランダを村まで案内したエガちゃんがまた護衛を買って出る。
ジャイアントスパイダーと戦った経験もあるエガちゃん(槍士)とともに、ヨランダはカンナ村を出発する――その前にまた村全体を見回した。
「(……フフフ。あまり期待はしていなかったが……これは美味そうだわ)」
その瞬間、季節外れの生温かい風が村に吹いた。
村人たちを見るヨランダの目が怪しく光り、舌がねっとりと唇を舐めたが――誰もそれには気づかなかった。




