第15話 犬と猿と雉と
「準備はこれでよし。じゃあマルコ、いきますか」
「了解であります」
異名持ちオークの夜襲から三日。
壊された柵も直して平穏が戻ったカンナ村から、装備を整えたトオルとマルコが出発する。
今やトオルは村の子供たちの憧れだ。
ジャイアントスパイダーを討伐したあたりから憧れられてはいたが、実際に村を守って英雄的な存在となっていた。
そんなトオルにとっては、久しぶりとなる本格的な魔物狩りだ。
異名持ちオーク級となって、ジャイアントスパイダーのスキルを上書き。
もう貴重な糸の生産はできないので、朝から荷車を曳いて北の森をいく。
「私も一人でオークは倒せるようになったのでありますが……。実際に見て、異名持ちはトンデモない存在だと実感したのであります」
「たしかにな。まあでも、剣士だってじっくり鍛えれば強くなれるはずさ」
トオルとマルコの仲良し二人組は、決められたルートに沿って森を北へ。
森の南にはイザレーナという街がある。
逆に反対の北へいけばいくほど、森は深くなって出現する魔物も強くなる。
すでにトオルは村最強の魔物狩りだから当然、こうして北を担当するというわけだ。
(……近くに魔物の姿も気配もなし。足跡や糞も見当たらないな)
周囲を警戒するトオルの顔はもう、映え写真を必死で探す無名インスタグラマーのものではない。
隣にいるマルコと同じく、危険な土地で生きる現地人のそれである。
ちなみに、そのトオルたちの狙いはワイルドボア以上だ。
貴重なたんぱく源となる肉を得るべく、ザコ(ゴブリン)は無視してどんどんと奥へと進んでいくと――。
「うん?」
村を出てから二十分程度で、ある見慣れないものを発見したトオル。
――人だ。しかも倒れている。
一瞬、コボルドだと見間違えそうになったが、全身を毛に覆われた獣人が三人、仰向けで倒れていた。
小さい体格からしてまだ子供だろう。
こんな深い森の中で、その三人は身を寄せ合うように倒れていたのだ。
「「「…………、」」」
言葉を発さず動かない獣人三人。
……ただ死んではいない。
なぜ見ただけでそう断言できるのかというと、ぐぎゅるるぅー! と。
三者三様、異なる盛大な腹の虫が三人から聞こえてきていたからだ。
◆
「この状況は私にとって二度目でありますね。前はトオル殿だったのであります」
「言われてみればそうだな。俺も空腹の極みで倒れて……何だか懐かしいぞ」
無事は確認できたので、トオルたちはのん気に言いながら彼らのもとへ。
相変わらず腹の虫を鳴らし続けている獣人三人。
仰向けになっているので顔をよく見てみると、それぞれ種族が違っていた。
どこからどう確認してみても……犬と猿と雉だ。
「まさかの桃太郎……? とにかく、おい大丈夫か? 森の中じゃ危ないから目を覚ませー」
三人の頬をぺちぺちと叩く。
すると犬猿雉の獣人の子供三人は、空腹のあまりか体を起こせなないものの、目だけをバッチリと開けて意識を戻した。
そして開口一番、口を揃えて「「「お腹減った……」」」と声を絞り出す。
「やっぱりか。マルコ、悪いけど俺たちの分のを出してくれ」
「了解であります」
トオルの指示にマルコが動く。
まだ獲物が空の荷車の上。そこに乗せていた大きめの巾着袋から、持ってきた自分たちの昼食を取り出した。
「ほれ食え。上手いぞ」
「どうぞであります」
それを三人に配るトオルとマルコ。
獣人の三人は鼻をピクピクさせると、目をカッ、と見開いて寝たまま勢いよく食べ始めた。
「お、美味しいでしゅ!」
「ほっぺが落ちるほどの美味さッスね!」
「何だこれ初めて食べたぜ!」
空腹にそれを入れて、また一段階、目を見開いて驚く獣人三人。
追加で出されたものを強奪するように手に取り、また獣な口の中へと放り込んだ。
「まだあるので遠慮なく食べるのであります。これはトオル殿が考案したフライドポテトなる食べものでありますよ!」
ガッつく三人に胸を張って言うマルコ。
――そう、彼らにあげたのはフライドポテトだ。
材料は村の畑で採れるイモ。以前までなら蒸かしイモの一択だったところ、異世界人のトオルが調理法を教えていた。
(といっても、俺は料理人じゃないからな。まさか揚げただけのフライドポテトがこんなに人気になるとは……)
喜んで食べる獣人たちの顔と、初めて作った時の村人たちの顔が重なる。
今ではカンナ村の定番料理だ。
村に来る行商のコズモも、試食してみて「これは盲点だ! 売れるぞ!」と太鼓判を押すほどである。
そんな大人気のフライドポテト(と少しの干し肉)を食べさせて、指についた塩を舐めるのを見守ってから。
少し落ちついた頃合いを見て、トオルは獣人三人に話を聞いてみることにした。
◆
「……ふむ、なるほど。お前ら冒険者志望だったのか」
「そうでしゅ。さっきは助けていただき感謝するでしゅよ!」
「ありがとうッス!」
「黒髪兄ちゃんとそばかす兄ちゃんは命の恩人だぜ!」
腹を満たして、トオルとマルコに感謝を伝える獣人三人。
その彼らは自分たちは冒険者志望だと名乗っていた。
犬人族のドゥッチョ。毛の色は灰色。
猿人族のフィリッポ。毛の色は赤茶色。
雉人族のガスパロ。毛の色は黄緑色。
見た目は子供でも、三人揃って十五歳(成人)となったのを機に冒険者ギルドへ。
しかも今日の今日だ。……だが、志望なので冒険者ギルドには登録していない。
その理由が職業の村人。
冒険者ギルドでは、職業が最弱の村人だと冒険者登録はできないと門前払いに。
やる気はあるのに! と憤慨した三人は、魔物の首を取って実力を示そうと、この北の森に入っていた。
「村人で北の森に入ったのでありますか。しかもこんなに深く進むとは……」
「ったく、お前ら何やっているんだよ。ただの自殺行為じゃないか」
状況を理解したマルコとトオルがため息をつく。
さらに食料も持たずに入り、あげく迷ったというのだから……苦言の一つも言いたくなる。
「それは本当に反省でしゅ。けど、それでも――!」
犬人族のドゥッチョは言うと、フィリッポとガスパロに視線を配ってから、
「僕は村人から剣聖へ! でしゅ!」
「オイラは村人から賢者へ! ッス!」
「俺は村人から聖騎士へ! だぜ!」
……まるで決めゼリフのように片腕を突き上げて叫ぶ。
そんなアホ丸出しでも、どこか可愛らしさのある三人に……トオルはツッコめなかった。
いやお前ら、現地人なら教会で授かった職業が変えられないのは分かっているだろ! と。
「ったく、仕方ないな……」
――とにもかくにも、危険な森に村人を放置するのはあり得ないので。
トオルたちは魔物狩りを中断して、五人でカンナ村へと戻るのだった。




