第13話 夜襲したのは
「ふーっ。今日も働いた働いた」
トオルがカンナ村に来てから三カ月が経った。
夏が過ぎ去って秋となり、過ごしやすい日々となっている。
この異世界、というよりも北の森があるインザーギ領には四季があった。
冬になれば雪も降り、『糸の村』と呼ばれるカンナ村はより白く染まるだろう。
「さてと。さっさと済ませて村長の家にいくか」
水瓶に溜めた川の水と手ぬぐいで体を拭くトオル。
元日本人としては風呂が恋しくはある。
ただこの世界で風呂に入るのは貴族くらいなので……こればかりは仕方ない。
そうして、汗と汚れを落としてから村長の家へと向かう。
今日はちょっとした慰労会だ。
いつも魔物狩りを行っている男衆を集めて、村長の家で夕食と酒をごちそうになる予定である。
「たしかブドウ酒が出るって聞いたぞ。いやー楽しみだな!」
村で普段から飲む酒は安いエールか、はちみつ酒。
それが今日は贅沢をして、行商のコズモから仕入れたブドウ酒を飲むらしい。
本当は村長が一人でチビチビ飲もうとしたようだが……。
妻のレベッカにバレて鉄拳を喰らい、村人と分け合って飲むなら許す、と言われたらしい。
「ほっほっほ! よく来たのう村の精鋭たちよ! ほっほっほ!」
すでにほろ酔いだった村長に招かれて、すぐに始まった慰労会。
一番の楽しみであるブドウ酒を筆頭に、あまり食べられない希少な森の果実などなど。
レベッカが腕を振るった定番の肉料理もテーブル一杯に出て、わいわいと騒いで楽しい時間が過ぎていく。
最終的に少しばかり飲み過ぎはしたが……それぞれが自分の足で家へと帰っていった。
……そして、村全体が寝静まったあと。
満月の明かりが村を穏やかに照らす中――異変が起こったのはその夜のことだった。
◆
――カンカンカンカン!
夜の森の静寂と一体化していた村にけたたましい音が響く。
その正体は緊急事態を知らせる鐘だ。
トオルも初めて聞いたその音によって、夢の中から叩き起こされてしまう。
「おおおおぅ!? こんな真夜中に……何だ何だの極みッ!?」
慌ててベッドから出て、家の玄関に立て掛けてある槍を手にする。
ちなみに鉄製ではない。
今日までのトオルの村への貢献度から、村長から特別に鋼鉄製の槍(形状は前と同じ直槍)をもらっていた。
酔いはとっくに覚めている。体は普通に動く。
見張りが鳴らした鐘の音は初めて聞くが、それが鳴らされる状況については理解している。
(夜襲か! やっぱり魔物か? それとも賊じゃないだろうな!?)
村の北端にある家から飛び出す。
すると、すぐにトオルの目に見張りの男たちが集まっている姿が見えた。
どうやら夜襲は村の北側かららしい。
トオルの家から二十メートルも離れていない位置に集まり、北に広がる畑の方を見ている。
「うん? ……何だ、慌てて出てきてみればオークかい」
真夜中に村に接近していたのはオークだ。
てっきり南下してきたジャイアントスパイダーか、複数の賊を予想していたトオルは、安堵の息をフーッと吐く。
オークであればまったく問題ない。
畑がある北側には木々を支柱にした『鉄糸』の柵はないが、村を囲う内側の木と『鉄糸』の
柵はあるのだ。
これはオークでは簡単には壊せない。
高さも一メートル半あるので、重い巨体のオークでは飛び越えられもしない。
――はずだった。
「は!?」
思わず寝ぼけているのかと目をこするトオル。
だがそれは紛れもない現実だ。
月明かりに照らされたオークは、石の棍棒を振り下ろして轟音とともに大地を揺らす。
強化された村の柵を一撃で破壊すると、不敵に笑ったオークはカンナ村へと侵入した。
◆
「ちょっと待ッ……おかしいだろアイツ!?」
その予想外の光景を見せられて、トオルの背中に冷や汗が流れる。
……だが、まだ予想外は終わらない。
すでに集まっていた見張り二人、単独ではオークを倒せないとはいえ、一人でもある程度は戦える魔物狩りの男衆が、
立て続けにガンガガン! と。
オークの一撃に耐え切れず、持っていた盾ごと吹き飛ばされてしまう。
(いやいや、だからおかしいだろ! 明らかに通常のオークよりも強いぞ!?)
心の中でツッコみ、トオルは急いで侵入したオークの前へ。
そして見た。
職業パパラッチの固有スキル『モンスターパパラッチ』で、二メートルの巨体のステータスを確認したところ、
【名前】 オーク
【種族】 オーク族
【異名】 怪力王
【HP】 390/390
【MP】 101/101
【攻撃力】 404
【防御力】 382
【知力】 64
【敏捷】 185
【スキル】
『強打』
『自然回復』
……まさかの通常種の倍のステータスだ。
MP、知力、素早さを除けば、格上のジャイアントスパイダーよりも100以上の差がある。
加えてスキルだ。
こちらも通常種なら『強打』だけのところ、『自然回復』というスキルがついていた。
「ここまでなのか!? 聞いてはいたけど……!」
そのステータスの中でも、何より目を引くのが異名の欄だ。
『怪力王』なる異名持ちの魔物。
以前、ブルーノに教えられていた、ごく稀にいるという種族の壁を超えた魔物のことだ。
当然ながら滅多に遭遇しない存在である。
魔物と戦うことを生業とする冒険者でも、一度も出会わずに終わる者がほとんどだ。
「ブルーノさん! コイツ、異名持ちでした!」
少し遅れて村の北までやってきたブルーノに告げる。
それを聞かされたブルーノは、「ま、マジかよ!? 冗談キツイぜ!」と大声を上げて驚く。
「とにかくまずは戦っ――って硬いな!?」
速度には勝るので槍で一突きするも、硬くぶ厚い皮膚を少し傷つけるだけ。
対して、オークは邪魔だとばかりに剛腕を振るう。
鋼鉄の槍を殴りつけて、弾かれたトオルは勢いを殺しきれずにバランスを崩す。
――強い。さすがは噂の異名持ちか。
ジャイアントスパイダー級のステータスでも、相当に厳しい相手のようだ。
(どうする!? 撮影からの保存はできるけど……!)
ずっと天の声は響いている。
《発見した魔物を保存しますか?》と、いつもの冷静な調子で何度も聞いてきていた。
ではなぜ、トオルは撮影・保存してコピーしないのか?
理由は単純、今や『糸の村』として有名になったカンナ村の存在だ。
ジャイアントスパイダーの二種類の糸によって、守りを強化して裕福にもなったカンナ村。
その糸がなくなれば、せっかくの村の収入源が消えてしまうからだ。
……とはいえ、また新たにコピーをすれば生産は可能。
ただ村のためであっても、だ。
一度大きく上げたステータスを下げるのは……どうしても躊躇してしまう。
「ぐぅ!」
村で最強のトオルが立ちはだかるも、異名持ちのオークに押されてしまう。
周囲ではブルーノやマルコも攻撃している。
だがステータスの差から、一発でも当たれば危険なため迂闊には飛び込めない。
さらに厄介なのが『自然回復』の存在だ。
危険を冒して接近して攻撃を加えても、傷つけた皮膚はみるみるうちに傷口を塞いでいく。
(どうする? 早くしないと死人が出るぞ! コピーするのかしないのか、どっちだよ俺!)
暗雲が立ち込めた戦場の中でも迷ってしまうトオル。
牽制のために二種類の糸を駆使するも、反応の早さと剛腕で弾き飛ばされてしまう。
自分の強さか村のためか。
優柔不断が顔を出して、槍の動きにまで影響が出てきている。
「構わん、糸はいいからやってくれ! トオルよ、そいつの力を利用するのじゃ!」
その時だった。
いつの間にか戦場までやってきていた村長が――トオルの心を見透かしたように叫んだ。




