第12話 行商
「……何度見ても壮観な景色だ。ちょっとした蜘蛛の巣だな」
カンナ村を訪れた行商のコズモは、自分の荷馬車から降りると感嘆の声をあげた。
北の森の外(南側)にある街から真っすぐ北上。
デコボコの道を三時間ほど進むと、今では『糸の村』という呼び名の方が有名なカンナ村がある。
街の城壁と比べてしまえば、どうしても劣る木と『鉄糸』の柵。
とはいえ普通の村としては、かなり守りが固いのは疑いようのない事実だ。
「ほっほっほ。いつも助かるのう、コズモ」
「いえ村長。むしろこっちのセリフですよ。最近は私も稼がせてもらっていますから」
出迎えた村長の言葉に、コズモが満面の笑みで返す。
三十二歳とまだ若いが苦労も多く、すでにハゲ散らかしているコズモ。
教会で神から授かった職業は当然、商人だ。ちなみにスキルは『自動計算』である。
そんなコズモはカンナ村とはもう三年の付き合いになる。
最初こそ善意だけでやっていたが……まさかこうなるとは全然、予想していなかった。
何せ総人口が七十人程度の森の農村だ。
魔物狩りで魔物の肉が手に入るとはいえ、取引のほとんどは畑で採れたイモである。
「それが今やジャイアントスパイダーの糸ですからね。普通、こんな大量に手に入るものではないですよ」
「じゃろうな。ほかに手に入れられるとしたら、魔物使いの職業くらいじゃろうて」
そう言葉を交わしつつ、行商のコズモはすでに集まっている村人たちと商売を始める。
塩に砂糖に油に酒に。
各家庭に街で仕入れてきたものを売り、逆に村からは畑で採れた一定量のイモを購入する。
――そして最後に、コズモをホクホク顔にさせる貴重な糸だ。
粘着質を落とした処理済みの『粘着糸』を、村にある在庫分すべてを購入した。
「……ところで村長。アレは何をしているのですか?」
「うむ。アレは昨日から追加で村の守りを固めてもらっておるのじゃ」
一通り商売を終えたコズモの目に、村の外で何かの作業をしている者たちの姿が。
その中にはトオルもいる。
コズモが行商として儲けているのは、この珍しい黒髪黒眼の青年のおかげだ。
だから村に来た時にトオルがいれば、必ず毎回、挨拶と感謝の気持ちを伝えていた。
「なるほど、柵との二段構えですか。たしかにないよりはあった方が絶対にいいですね」
村を囲う柵のすぐ外側。
そこに生えている木々を結ぶように、トオルたちは『鉄糸』を張り巡らせていたのだ。
肝心のカバーする範囲は、入口がある南と畑が広がる北以外のすべて。
東西に生える村のそばの木々を支柱に、『鉄糸』を張って魔物の侵入を防ぐのだ。
「装備の方は万全じゃしのう。とりあえず『粘着糸』の量も足りるじゃろ? コズモよ」
「ええ、これだけあれば充分です」
十日に一度の行商で大量の糸を仕入れているコズモ。
そのお礼をするため、村長と別れて柵の方に近づいていく。
◆
「大車輪の活躍だな、トオル君。MP回復薬は足りているかい?」
「あ、どうもです! コズモさんがいつもくれるので今のところは大丈夫です」
「そうか。まあ足りなくなったら言ってくれ」
「はい。その時はまたお願いします」
村の中から声をかけたコズモに気づき、振り返ったトオルが頭を下げる。
作業自体は糸を吐き出すだけのトオルはもう終わり。
あとの現場はほかの村人たちに任せて、高いステータスからひょい、と柵を飛び越えて村の中へ。
「コズモさんはもう終わったんですか?」
「ああ、今回もたんまり仕入れさせてもらったよ」
「じゃあまた森の外まで送りますね」
「頼む。トオル君がいれば安心だからな」
トオルの申し出をすんなりと受けるコズモ。
いつも行商として護衛を二人つけてはいる。
ただ前々回から、帰りは森を出るまでトオルが護衛を買って出てくれていたのだ。
――そうして、一人のジャイアントスパイダー級の護衛を加えて、コズモは村を出発。
この行商で唯一の不満である、森のデコボコ道を進む。
出てきたゴブリンやコボルドの魔物については、トオルがサクッと『鉄糸』を飛ばして一撃で仕留める。
『ブモォオオオ!』
「おっと、オークか。今日はツイていない……いや、ツイていないのはお前さんか」
運悪くオークと遭遇してしまっても、コズモはまったく動じない。
本来の護衛二人だけなら多少は焦っただろう。
だが今はオークよりも遥かに強い、高ステータスの護衛が一人いるのだ。
「よいしょ! こちとらもはや平常心の極み」
そのオークを槍で簡単に仕留めたのはもちろんトオルだ。
下位職の平均クラスの冒険者(レベルは15)で、やっと一対一で勝てる屈強な魔物。
それを同じレベル15にもかかわらず、一撃であっさりと仕留めてしまう。
「さすがの強さだな。やはり冒険者になるつもりはないのかい?」
「うーん、どうですかね……。今はまだ村でのんびりやりたい時期かもです」
そんな強者に守られて、コズモは気持ちに余裕をもって馬を手繰る。
……いやはや、今日も素晴らしい商売ができた。
森の出口まで無事に送り届けられたコズモは、手を振るトオルに馬の上から手を振り返す。
「フッフッフ。もし私が大商人になった暁には……土下座してでもお抱えの護衛になってもらいたいものだ」
「? 何をニヤついているんですか、旦那?」
「いや何でもない。それより二人とも、今日は私が酒を一杯おごってやろう!」
「おおっ! さすがは旦那、太っ腹だ!」
「よっしゃ! じゃあ頑張って残りの道を守り抜きますか!」
わいわいと騒ぎ出したコズモ一行は、拠点の街へと帰っていくのだった。




