第11話 糸製造人間
「まだ余裕はあります。じゃんじゃん出していきますよ!」
ジャイアントスパイダー討伐の遠征に出た翌日。
トオルはいつもの午前の槍の訓練を後回しにして、村の入口でとある作業をしていた。
スキル『鉄糸』の放出だ。
突き出した左手前の虚空から、一回でMPを5消費して鉄の硬度の糸(小指の太さ)をひたすら出している。
「ほっほっほ。面白いように出てくるのう」
「マジでジャイアントスパイダーの糸とまったく同じだぜ」
「何度見ても不思議な光景であります」
それを見ている村長とブルーノとマルコ。……あとほか多数の村人たち。
人間が魔物の糸を出すという衝撃の行為に、カンナ村の者たちはただただ驚いている。
「けど全然、足りませんか。……これは時間がかかりそうですね」
なぜトオルはこんなことをしているのか?
答えは単純、村を囲う柵の強化のためだ。
唯一、村と森を隔てている防衛ライン。
だがそれは一メートル半程度の木の柵なので、オークの攻撃やワイルドボアの突進はさすがに防げない。
そこで『鉄糸』だ。
文字通りの鉄のごとき糸で補強して、村の防御力を底上げするのである。
「この村は意外と広いからのう。一部畑もあるし、まあゆっくりやるのじゃ」
蜘蛛人間と化したトオルの肩をポン、と叩く村長。
トオルからこの話を聞いた時は驚いたが、上手くいけば絶対に村のためになる。
だからこその即断即決。リスクを冒して村で強い五人を森の奥へと送り出したのだ。
――ちなみに、『粘着糸』の方も利用価値はある。
しっかりと洗って粘着性を落とせば、肌触りのいい上等な服の素材となるのだ。
「まずは村の安全面の対策が一番だぜ」
「村人の命よりも大事なものはないのであります」
というわけで、トオルは柵強化のために『鉄糸』を出す。
現在の最大MPは142。
一度で5を消費して約三メートルの糸が出るので、計二十八回、約八十四メートルの糸が手に入る。
(けど、そこはさすがの剣と魔法の異世界か)
MPが尽きれば回復を。そのカギとなるのは北の森で採れる魔力草だ。
元の世界でいうヨモギに似た青緑色の薬草。
それを使って低品質ながらも、小瓶入りのMP回復薬が二十本以上、村にはストックされていた。
「早くも本日二本目だな。……お腹がタプタプの極みになるまでやりますか」
右手に回復薬を、左手からは糸を。
トオルが地面にあぐらをかいて放出した糸は、柵を作った手先が器用な者たちが、もうすでに柵に巻きつけて強化し始めている。
「しっかりキツく張るんだぞ」
「あいよー」
「分かっているって。トオルがバンバン出してくれているけど、ジャイアントスパイダーの糸は貴重品だからな」
入口近くの柵から、木の茶色が糸の白に変化していく。
軽く巻いただけでも全然、防御力は違う。
しっかり巻けば村人が本気で叩いても押しても、ビクともしないほどの柵となった。
そうやって時計回りに作業は進み、トオルが槍の訓練に移ったあとも、彼らは残った糸で日が暮れるまで柵を強化するのだった。
◆
トオルによる糸の生産が始まったカンナ村。
魔物狩りはやめて糸の生産と槍の訓練に集中したトオルは、毎日毎日、MPが尽きる生活を送っていた。
そんな生活が一カ月と少し続き、本格的な夏を迎える頃。
中心に大樹が立つカンナ村を囲う柵はすべて、ジャイアントスパイダーの糸によって強化し終えたのだった。
「……次はいよいよ『粘着糸』での服の素材か? いや違う」
自分で問うて自分で答えて、今日もトオルが出すのは『鉄糸』の方だ。
すぐそばに魔物がいる森の村では、何よりも安全面が第一。
村を守る柵の強化が終われば、次は村を守る人の強化を行わなければならない。
――つまり装備だ。魔物狩りにいく男衆が纏う皮鎧の強化である。
「まあウチの村は貧乏じゃねえが、防具まで鉄製のものを揃える余裕はねえからな」
「そこをトオル殿の力で補ってもらうのであります」
と、皮鎧を両腕に抱えたブルーノとマルコが。
作業場となっている村の入口近くに、それをドサドサッと地面に置く。
魔物狩りの際に使用する皮製の胸当て、籠手、脚甲の三つ。
これら全十五人分の防具をトオルの糸と、今や糸職人(?)と化した者たちの手で強化するのだ。
「じゃあ、とりあえずまた限界まで出しますか」
魔力草を使ったMP回復薬はすでに尽きている。
トオルの総MPは増えていないので、これまでと同じ回数と総距離の『鉄糸』を出していく。
ただ柵と比べれば糸の量を必要とせず、かかった日数は二日のみ。
あまり防具が重くなりすぎないように調整して、魔物狩りに使う皮鎧は半鉄鎧に生まれ変わった。
「ほっほっほ。トオルよ、本当にご苦労さんじゃったのう」
「……で、そういうアンタはどうするんだい? トオルをこれだけ働かせといて、また昼間から酒を飲むんじゃないだろうね!」
「あ痛ッ!?」
「あ、トオルは遠慮なく飲んでいいからね。誰よりも頑張ってくれたんだから」
「ありがとうございます、レベッカさん」
――こうして、北の森のカンナ村は一カ月と少しで大きく姿を変えた。
誰が呼んだか、いつの間にかついた異名は『糸の村』。
ジャイアントスパイダーの糸に守られた村は、ゆっくりだが確実に発展していくのだった。




