終章
開け放った窓から爽やかな風が吹き込んできては、軒下に吊したウインドベルをゆるやかに鳴らしている。その音を聞きながらわたしはミシンを踏んでいる。
ふと、誰かに呼ばれたような気がして顔を上げた。しかし、聞こえてくるのはウインドベルが擦れ合う音だけだ。
気のせいだろうか。わたしは再びミシンに意識を傾ける。
【縁】
もう一度。今度ははっきりと、鮮明に聞こえた。
誰だろう。
不思議に思って辺りを見回すが声の主はどこにいるのか、姿が見えない。
延反台で作業をしていた祥平が、ミシンの音が止んだことを不審に思ったのか顔を上げた。
「縁?」
じっと聞き耳を立てているわたしを不思議そうに見ている。
「どうした?」
「声が聞こえる。誰かが呼んでる」
そう言うと、わたしは大きなお腹をかばいながらゆっくりと席を立った。ふらふらと店内を歩き回るわたしを見て、祥平が慌てて飛んでくる。
「無理すんなよ」
「別に病気じゃないんだし」
祥平に向かって苦笑する。
「病気じゃないからなおさらだろ」
心配する彼を横目に、わたしは声のありかを探した。
【縁】
それはとても懐かしい声だ。記憶の底に埋もれているのだろうか、思い出しそうで思い出せない、ムズムズとした感覚に支配される。
「ねえどこにいるの?」
そっと呼びかける。
【ここだよ】
声のする方を探していると、倉庫へと続く扉の前に辿り着いた。
どうやら声の主はこの中にいるようだ。
倉庫の中には幾種類もの生地たちが眠っている。その一つ一つに物語があった。それらの物語たちを辿りながら、倉庫の奥へ進むにつれて記憶が少しずつ呼び起こされる。
ああ、君はもしかして……。
過ぎていく予感。
やがて倉庫の奥へ辿り着くと、そこには梱包されたままの原反が置かれていた。
やっぱり、君か。
予感は確信へ変わる。
隣で祥平が懐かしい名前を口にする。どうやら彼も気付いたようだ。
【戻ってきたよ】
梱包を解くと君は嬉しそうに笑いかける。
ああ、やっぱりそうか。
わたしは祥平と顔を見合わせると、タータンチェックの生地に向かってほほえんだ。
「さあ、どんな服を仕立てようか」
よく晴れた秋の昼下がり。
また、物語が始まる。
了
大ジャンプの末の完結です。
ここまでお付き合いいただきまして本当にありがとうございます。
くじけそうになりながら、主人公の暴走も止められないヘボ作者ですが、応援してくださった方々には深く感謝いたします。
この終章は、序章と共にもともと入れる予定のなかったお話です。
当初前話の「ユオニマスの丘で」でブツリと途切れるはずだったのですが、主人公の縁さんが突如暴走してしまい序章・終章を入れなければいけない状態になってしまいました。
この二人、いつかはくっつくだろうなぁと思っていましたが、まさか今回この結末に収まるとは本当に想定外でした。
あわよくば続編を……なんて考えていた下心を滅多打ちにされた気分です。
まあでも、ハッピーエンド(おそらく)なので良しとします!




