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穏やかな焦燥感に満たされて(完)



 電車の心地良い振動に揺られながら見慣れた景色を見ていて、ふと思い立った。

 降りるべき最寄り駅のひとつ手前で降りて、ひと駅分を歩いて帰ろうって。

 それも最短ルートの県道沿いじゃなく、わざわざ田んぼの中を突っ切るような道を選んで。


 そうして実際に途中下車してみて、この行動ってまんま〝道草を食う〟ってことだと気付く。

 私、眞輔の言うことに毒されてるかな。


 土の隙間に雑草が芽吹いて、ほのかに青さを取り戻しつつある田園。

 開けた視界に映るのは一様に同じ方角を向いて伸びる(うね)の跡。

 そのはるか先には頭に残り雪を被った山々の連なりと、夕暮れの赤紫がかった層雲を背に駆ける冬鳥の黒い群れ。

 向かい風には牧歌的な草と土の匂いがして、これまでのピンと張りつめていた空気とは違う柔らかな味気を感じる。


 いろんなものが色づいて見えるのは、景色が変わったからだけじゃない。

 そこに在るいろんなものに気付く余裕が生まれたから。

 あれこれ言っても、やっぱり冬って厳しかったんだと思う。

 それを乗り越えて一回り大きくなったと思えるからこそ、気付くことも増えるのかな。


 季節が移ろうのと同じように、人も移ろい変わっていく。


 突如強風が吹き抜けて一面の野草をザアっと揺らした。

 すべてを押し倒してしまいそうなほど生気に満ち満ちた風。

 これが春一番かと思ったときに、いつかした名都との会話が思い浮かんだ。


『この街に越してきたその日に外を出歩いたらね、行く先々で停めてある自転車が軒並み横に倒してあったの』

『なに、それ。ちょっと不気味』

『そういう停め方の風習? って、軽く衝撃だったな。でもそんな光景を見たのはその一日限り。結局あれはなんだったのって、謎のまま』


 たぶんそれ、春一番のせいだったんだね。

 そんな簡単な答えにも、家に閉じこもっていた去年は気付けずに見逃していたんだな。


 この場所に暮らしていれば珍しくもない、ありきたりな風景。

 そんなものを見ながらこんなことを想ってみたんだって、誰かに伝えたくなった。

 そのためにこの情景を切り取れたらと、スマホを取り出してカメラを起動させてみる。

 だけど、液晶越しに覗く世界は一歩遠のいて眺めるような違和感があった。


 私は苦笑いをして、そっとスマホから目を離す。


 見たままじゃなくたって、正確じゃなくたっていい。

 こういうことは自分の言葉にして伝えなきゃならないんだろうと思い直して。


 この月の末に私は20歳を迎える。

 そのわずか数日後には、今度は眞輔が。


 不思議だよね。

 もし私たちを隔てる日にちが年度を跨がなければ、またはその順序が逆だったなら、私たちの出会い方は違ったんだろう。

 もしも名都と別れる前に出会っていたら、私たちの関係は違っただろう。

 それでも私と眞輔は今のように繋がっていられたのかな。

 そう尋ねたら彼はなんて答えるだろう。


 自分で遠回りをしたくせに、早く帰り着きたくて自然と足が早まってしまう。

 穏やかな焦燥感に満たされて。


 どこかの街で暮らしている名都にも、こんな気持ちにとらわれるひと時があってほしい。

 私にとっての眞輔のように、優しい笑顔でありのままのすべてを受け止めてくれるような存在が、あの子の隣にもいてくれたら。


 そうして誰かと寄り添って生きていたらいいなと、そんなことを思う。




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