それよりもっと面倒で億劫で
垂直に投げ上げたシャトルを見上げて、それを掴み取るように左腕を突き出した。
視線が指先とシャトルを同軸に捉えて、互いの距離を測り取る。
ぐんと背筋が伸びきって身体がしなる。
久しく忘れていた躍動感。
ラケットはスパン! と小気味良い音を鳴らしてはくれたけど、手応えはイマイチ。
体育館の天井付近まで跳ばしたかったんだけど、膨らむように舞い上がったシャトルは思ったほど飛距離が伸びない。
習ってすぐに1年以上もブランクを空けておいて、すぐに調子を取り戻せるはずもない。
それでもシューズが足の形にしっくりきていない気がして、言い訳がましくトントンとつま先で床をつついてみる。
誰もいない早朝の体育館に響く靴音。
「早いのね」
入り口を振り返ると、真っ白なジャージ姿の保科さんがいた。
ほぐすように腕を回しながら歩いてくる。
「そりゃね。ご指導賜ろうってのに、ノコノコ遅れて来られないでしょ」
「良い心構えじゃない」
保科さんの笑顔につられて、私もへへへと笑う。
春休みが始まって数日。
来週からスタートする部活動に復帰するにあたり、前もって勘を戻しておきたいと話した私に、保科さんは一肌脱ぐ気満々だった。
入部当初は互いに初心者だったはずだけど、勤勉な彼女のことだから、コツコツと鍛錬を積んでさぞかし腕を上達させているに違いない。
「スパルタはやだよ」
「あら、始める前から弱腰?」
保科さんは呆れまじりに咎める調子で、
「今年が私たちの引退の年なのよ。大会に出られないで終わっちゃうなんて嫌じゃない」
「そーだけど。……それで私のために特訓なんて、保科さんは優しいな」
彼女は咳払いをした。
「別に、あなたが特別なんじゃなくて。副部長として部員全員が活躍するのを願うのは当然よね」
あら、この子ツンデレ属性かな。
どちらにせよ面倒見が良いのは確かだ。
それはたびたび見かけてきた後輩とのやり取りで判るし、だからこそのポスト副部長なんだろう。
彼女自身の願った形じゃなかったかもしれない。
でも保科さんは間違いなく人から慕われる存在であって、それは胸を張れることだと思う。
そんなことに思いを巡らせているとニヤニヤが止まらなかった。
「……なにその顔。気味悪い」
毒舌キャラでもあるらしい。
「あ、そうそう。この練習のあとね、学食で中辻君と待ち合わせしてるのよ」
「学内デートですか。見せつけるね」
「違うの。来月の新入生歓迎会の出し物についての打ち合わせ」
そういうのも幹部の仕事?
2人は苦労人ね。
「佐伯さんにも付き合ってもらう」
「なんで、私?」
「あなたも部の最高学年なの。先輩としての自覚を持ちなさいよね」
途端に自信がなくなった。
この私が先輩風を吹かすなんて想像もつかないな。
こっそりと保科さんと代行の振る舞いを盗み見て勉強しておかないと。
そうだよね。
ただ黙々とラケットを振るだけとは違う。
私たちが過ごしている青春って、それよりもっと面倒で億劫で、そういうところに大事なものが詰まっているんだと思う。
過去にいろいろと揉めたのは変えられない事実だけど、重要なのは今ここに私がいて、保科さんや代行がいて、それぞれが居場所を作るということ。
シンプルに、それだけ。
手遅れなんてことはひとつもないじゃない。
「そろそろ始めましょうか」
これでもかとアキレス腱をいじめ抜いていた保科さんは、やっとラケットを手に構えの姿勢を作る。
体育館の裏手から響く、キジバトの呆れるくらいのどかな鳴き声。
こういう春休みの始まり方も悪くない。
新しいことへ踏み出す不安もあるけど、今の私にはそれに勝ってドキドキと膨らむ高揚感に満たされていた。




