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頭の中で何千回と


 ◇



 綿毛をまとうように雪化粧した街路樹。

 街灯がパラパラと舞う粉雪を光の粒のようにして浮かび上がらせる。

 靴底が地表に広がる白い絨毯を踏みしめて、キュッキュと締まる音を鳴らした。


 今夜はこのまま降り続け、吹雪く可能性もあると天気予報は言っていたらしい。

 気温は氷点下。

 秋の終わり頃に比べれば極寒のはずなのに、不思議とあのときの身に染みる凍えよりも辛く感じなかった。

 身体の慣れって、つくづくよくできていると思う。


 家に帰り着く手前、隣のアパートの駐輪場を見ると眞輔(ますけ)の原付がなかった。

 また行く当てのない放浪へ出かけたのかな。


「……私、よく解らないものに意地張ってた」


 誰に言うでもなく呟いた。


「君のこと大切なはずなのに、知らないうちに(ひず)みを作って遠ざかってた」


 どうしてこうなっちゃうのか、いい加減原因を突き止めたい。

 こんなこと、もう終わりにしたかった。


「心にざわつくいろんなことをひとつひとつ打ち明けて、いつも答え合わせをしていたい。私とそんな関係になるって、嫌かな」


 名都と過ごした1年、そして眞輔といた1年をたどるように思い返した。

 何を見て、何を感じてきたか、余すことなく伝えたかった。


 眞輔が戻ってきたら全部を話そう。

 夜が明けたって、その次の夜が来るまで掛かったって構わない。

 私がどんなに彼のことを好きでいるか、口に出して伝えたくてたまらなかった。



 ◆



 わずかな隙間さえもなく塞がれた窮屈な闇の中。

 無機質な白色光が天に向かって一条の線を作っている。

 恐る恐る近づくと、手のひらほどの大きさと思えたその光源はスマホの液晶だとわかった。

 それは着信音どころかバイブレーションの振動音すら発さず、無言で私に誰かからの着信を伝えようとしていた。


 画面に並ぶ4つの文字。

 宇野名都。


 それを認識したとき、私は悪夢から醒めるように上体を飛び起こした。

 一転して目の前に広がる光景は、どこか知れない霧深い森の中。

 薄ら暗い白霧が風に流されることなくじっとりと充満している。


 カツーン、カツーンって、今度は何かがぶつかり合う高い音。

 どこかから聞こえてくるその音以外に、鬱蒼とした樹林の中で私を導くものはない。

 立ち上がって歩き出すと、踏みつけた腐敗土が沈み、裸足の指のあいだに泥水がぬめり込んできた。


 どれだけ歩いたろうか。

 急に森が開けて、空間に立ち込めていた霧がゆっくりと薄れていった。

 現れたのは1台の車と、こちらに背を向けているひとりの人物。


 その人は両手に掴んだ石の塊を振り下ろして、一心不乱に車にぶつけていた。

 バンパーをすべて削ぎ落としてしまうように、繰り返し繰り返し。

 石で擦れて指の皮が剥け、腕を振るごとに血しぶきを飛ばしていた。


「名都」


 私は止まらずに歩き続け、途中からは走り出していた。

 その子の後ろ姿に向かって一直線に。

 飛び込むようにして背中に抱き着き、そのまま私たちはもつれて膝をついた。


 涙が溢れて止まらなかった。

 嗚咽を抑え込もうとして奥歯をギリギリ噛み締めてみたけど、そんなことをしていたら息が続かない。

 喘いで空気を取り込むと、そのまま(せき)を切ったようにわんわんと泣き叫んだ。


「ひとりにしたくなかった。ずっと一緒にいたかった……!」


 どの時点に遡ってどの行動を改めればよかったんだろう。

 そんなシミュレーションを頭の中で何千回と、名都がいなくなったこの1年、延々と試行錯誤した。

 でもどう試しても同じ結末を辿ってしまって、そのたびにより一層遠のいていく気がした。


「どうしようもなかったなんて言葉で片付けたくない! 名都のことを割り切りたくない! だって私たちは……!」


 思い出が駆け巡った。


 缶チューハイとB級映画の鑑賞会。

 夜通しの海岸線のドライブ。

 授業をサボってキャンパスを散策したときも、徹夜覚悟でファミレスに居残ったテスト勉強でも、私が隣で見ていた名都の横顔は屈託なく笑っていた。


 どうして私たちは惹かれ合ったの。

 どうして名都には私だったの。


 おもむろに、名都はくらりと立ち上がった。


『もうそろそろ行かなくちゃね』


 突き放すような言い方じゃない。

 新しい場所で新しい何かを始めるときに、そっと背中を押してくれるような、前向きで力強い声だった。


 別れなきゃいけない時だって、私は悟った。


『いつまでも情けない花帆でいないでよ。遠回りしたって、後戻りしたって、花帆は確かにこの1年を歩き通したじゃん』


 いろんなものを失くした1年だったと思う。

 それでも、名都はそれを肯定してくれた。


『せっかくここまで来たのに、同じことを繰り返してほしくない。今ね、大事なものが花帆の手から離れようとしてる。しっかり目を開けて、顔を上げて見渡してよ。すぐにそこにあるはずなんだから』


 名都は振り返らずに歩きだした。

 正面から白い霧が流れ込み、一瞬で彼女の姿を包み込んでかき消して、何も残さない。

 そのまま私の視界も覆われて、何も見えなくなった――――。




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