私たちのしてきたこと
「……騙したのね。こんなことをして、ただで済むと思うの? 大学に報告するわ」
保科さんは顔を蒼白にして階段のドアへ飛びつこうとしたけど、それを茉以が跳ね除けた。
「ど、どきなさいよ!」
「アンタの顔面に蹴り喰い込ませたあとにさせてもらう」
「あなたたち、おしまいよ! 警察沙汰にしてやるから!」
私は極力刺激しないように、落ち着いた声で保科さんに呼び掛けた。
「安心して。危険な目に遭わせるつもりはないの」
「なに言ってんの? 話が違うじゃん!」
眉を吊り上げた茉以は、そのユルフワな見た目に相反するように仁王立ちでボキボキと指を鳴らす。
「私たちでコイツを袋叩きにするんでしょ!」
私は不服そうな茉以を手で制す。
「もうこれ以上誰とも、行き違いを広げたくないの。起きたことの対処なら後回しでいいわ。それより今は、保科さんの気持ちを知りたい」
「私の気持ち……?」
茉以が吐き捨てるように言った。
「バカな連中は面白がって騒いでる! 宇野名都は毎晩ここから飛び降りて、顔を潰して手足をへし曲げて、化け物みたいな格好してまたよじ登ってくって! 名都って子がアンタに何をしたの! こんなにひどい仕打ちを受けなきゃならないようなこと、アンタにしたっての!?」
その凄みに気圧されて、保科さんはわなわなと震えながら両手で頭を抑えた。
「私はただ……」
「ただ、なによ!」
「悔しかったの……。どんなに努力したって、誰よりも誠実でいたって、みんなは見向きもしてくれなかった……」
保科さんは報われない努力というものの苦しみを知っていた。
いくら競技の腕を磨いても、それで得られる尊敬と人として好かれることとは違うと知った。
残酷にも、密かに想いを寄せる代行の視線が、平凡でしかない同級生の私に注がれていることに気付いたとき、それをまざまざと思い知った。
「諦めようと思った。でも突然あなたたちがいなくなって、辛そうにしてる中辻くんを見て思い留まったの。あんなに苦しんでる彼のことを、あなたは一度だって気に留めなかった。許せなかった……」
彼女は代行を支えようとした。
そのために、私と名都を忘れさせるにはどうすればいいかを考えた。
どうでもいい奴らだと、待つ価値もない人間だと、そう思わせるために悪評を流した。
できるなら憎ませようとすらさせた。
それがいつしか度を越えていったんだ。
「だけど、全部終わりよ……。彼にこの前の件を問い詰められて、本当のことを話したの。軽蔑されたわ」
保科さんはその場にへたり込み、ボロボロと涙を流した。
「もっともらしい理由付けて、結局したのは自分の点数稼ぎでしょ」
追い打ちをかける茉以の肩を、私は掴んで止めた。
「私、保科さんのしたこと許せなかった。でもそれは保科さんも同じだったんだよね」
私だって名都のことに囚われて、代行の気持ちを踏みにじった。
気付かないままこの1年、みんなのことを遠ざけていた。
私たちのしてきたこと、褒められた方法じゃなかったと思う。
だけど、それに至る感情が湧き起こったのも、振り回されたのも、全部が全部過ちだったとは思わない。
そうは思いたくない。
それが私の答えだった。
「ねえ。私たちって、自分で思う以上に不安定なんだよね。19、20の歳で、なんでもないと思える日常の中で毎日いろんな出来事に翻弄されてる。いつも正しいことを見失わずにいられるはずない」
だけど、通り過ぎてしまう物事にいつまでもこだわっていたままじゃ、この先もっと多くのものを見落としてしまうと思う。
だから、
「間違いは間違いと認めればいい。それよりずっと大事なものに私は目を向けていたいの」
泣き崩れる保科さんの前にしゃがんで、彼女の背中を抱いた。
「謝りたい。代行にも、保科さんにも。ごめんね……」




