幽霊が出るんですって
◇
保科さんはできるだけ事を荒立てたいようだった。
そのために、私の平手打ちを悪意に満ちた暴行だとして大学の事務に泣きついた。
ただ、これだけで処罰が下されることはなく、厳重注意を受けた私は経過観察の扱いになった。
呼び出しを受けたりなんなりでテスト前の講義に欠席せざるを得なかったんだけど、ありがたいことに、そのときの配布資料を携えて茉以が私の部屋を訪ねてきてくれた。
6本セットの缶ビールも手土産に。
グビグビと呑み荒らしながら、愚痴が止まるはずもなかった。
「アンタが黙っていられないのは解るけど、まさか手が出るなんてね。でも平手打ちなんて見損なったわ!」
非難されたのかと思いきや、
「生ぬるい! 片腕折るくらいのことはしなさいよ!」
茉以の昂ぶりは私以上だった。
宥めるのに苦労したけど、それも私の気持ちを汲んでのことだと思うと、嬉しさでちょっと泣けた。
「まさかこのまま終わらせるなんて言わないよね?」
「よしてよ。冗談抜きで退学にされるわ」
「その女、今ごろ悪者を退治したって仲間内で英雄気取ってるよ? 全部を花帆の暴走だって吹聴してさ」
アンタが許しても私が許さない、って据わった目で言う。
「もういいよ」
「よくない! ここで黙ったら、向こうの言い分認めたことになる! ……それはできないでしょ。宇野名都の名誉のためにも」
その一言が私の身体をドクンと揺らしたみたいだった。
「その子の帰りを待つのをやめることと、目を背けることとは違うもんね。そのためだったら私、アンタと一緒に事務員たちと喧嘩したっていい」
涙腺がおかしくなりそうで、それを誤魔化すために、とっさにビールを流し込んで盛大にむせ返った。
みっともなく咳き込む私に、茉以は笑顔でバシバシと背中を叩いてくれた。
保科さんは用心深く警戒していて、私が近づくチャンスはとても来そうになかった。
そこで茉以が立てた計画は、面識のない彼女が素性を偽って接触を図るというものだった。
ご丁寧に、バドミントン部に入部希望の一年生って設定をでっち上げて。
「ウワサになってますよぉ。副部長、因縁付けてきた元部員を身体張って退けたんですよね。カッコイイ~!」
保科さんが茉以を怪しむことはなかった。
その後の展開は少し強引だったけど、奇跡的に上手く運んだ。
春休みからの部活動の参入について説明を受けるという口実で、2人は食堂でしばらく話し込んだあと、
「副部長の武勇伝の他にも、最近流行ってるウワサがあるんですよぉ~」
そう言って第8号研究棟の屋上に連れ出したのだ。
鍵の壊れた非常階段のドアをくぐって。
気の乗らない保科さんを茉以が半ば、いいや、ほとんど無理矢理に引っ張っていった。
百平米ほどの開けた床面はコンクリートの打ちっぱなしで、人が立ち入ることを想定していないため落下防止の柵も立てられていない。
片隅にまとまって大型の室外機が並んでいるだけで、私は先回りしてその物陰に潜み、息を殺して2人の様子を窺っていた。
「この場所に幽霊が出るんですって」
「へえ……」
保科さんの顔は引きつっていた。
「宇野名都って、在校生だった子の霊らしいんですよ。知ってますぅ?」
「さあ。あんまり興味ないな……」
「とぼけてんじゃねえよ」
突如豹変した茉以に保科さんはぎょっとした。
打ち合わせていた手順と違う。
茉以の放つ殺気に切迫するものを感じて、それを抑えるために私は室外機の影から飛び出した。
「佐伯さん、どうしてここに……!」
そう言いながら、保科さんは状況を察したようだった。




