足りない気がして
もう一度名都に会いたい。
それを実現するための糸口を見つけることさえできれば、私は一歩ずつでも進んでいけると思えた。
去年の2月、私は名都の父親に会うという決意を秘めて、情報を集めるために恵子さんの住む東北を訪ねた。
何本もの電車を乗り継ぐ長旅になった。
街並みを過ぎて山を越え、車窓の景色は次第に雪の色が濃くなっていく。
空も地面もすべてが寂しげな灰色一色だった。
降り立ったのは雪に埋もれるようにしてひっそりと佇む小さな無人駅。
全長の短いホームには改札近くに錆付いた屋根があるだけで、ほとんどが吹きさらしだった。
いろんなものが足りない気がして、ひどく不安に駆られたのを覚えている。
踏切の向こうには葉のないケヤキの高木が群れるようして立っていた。
寒々しく白んだ空を背景に、綺麗な曲線を描いて扇状に伸びる枝。
その美しいシルエットがやけに目に焼き付いた。
『なっちゃんの使っていた部屋、見ていく? あの子がここで暮らしたのは3年ほどだったけど、いろいろなものを残したままにしてあるの』
思った以上に無味乾燥とした部屋だった。
必要最低限の道具だけが整然と片付けられて、どれにも色味が無い。
名都を感じられなかった。
私はその部屋からあの子を思い出す残痕をまるで見つけられなくて、急に、彼女を追うことが難しいんじゃないかという思いに圧倒された気がした。
恵子さんは音を立てずにベッドに腰かけた。
『ときどきね、ここに横になることがあるの。そうして、今頃あの子はどう過ごしてるだろうかって考えるのよ。ちゃんと布団で眠れているのか。あの子を気に掛けてくれる誰かが側にいてくれるだろうかって』
以前にもましてやつれた気のする顔を向けて、恵子さんは弱々しく笑った。
『私は嬉しいのよ。あなたのような友達がいてくれて。いいえ。なっちゃんが、あなたのような友達を作ることができたということがね』
恵子さんは実の姉である名都の母親とは折り合いが悪く、ずっと疎遠にしていた。
だから、15歳の名都が虐待を耐え続けた末に父親を刺したことも、母親がすべてを傍観した挙句にひとり逃げ出したことも、何もかもが終わってから知らされたという。
市の児童福祉課を介して。
親族の中で名都の引き取り手となり得るのは唯一恵子さんだけだった。
それでも当時まだ20代だった彼女が姪と暮らすためには様々なものを犠牲にする必要があった。
彼女は悩み、結果その犠牲を払うことにした。
『そんな私の事情も、なっちゃんは理解していたみたい。ここへ越してきたあの子は四六時中すまなそうに縮こまっていたわ。自分がここに存在することも耐え難いというようにして』
ギクシャクしながらも2人は少しずつ距離を縮めていったけど、同時に解決すべき問題はいくらでもあった。
そのひとつが名都の父親の執拗な付きまといだった。
傷の全快した父親は、恵子さんの自宅や職場へひっきりなしに電話を掛けてきたそうだ。
『連れ戻して、親に楯突くとどうなるかってことを身をもって思い知らせてやる』
『もうあなたに親権はありません』
『部外者が! 黙ってろ!』
恵子さんは毅然として立ち向かった。
本音を言えば恐ろしくて仕方なかったけど、名都の前で弱気は見せられなかった。
相談所に事情を訴え、接近禁止令が敷かれた。
これでひとまず状況は安息に向かうと思われた。
……それが油断に繋がったとは思わない。
でも、それからそう時間をおかずに最悪の事態が起こった。




