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息遣いを聴き合いながら



 普通じゃない。

 いつか、私が原付を借りて遭難しかけたときに似た危うさを感じた。

 無心になって黙々と冬景色の中をさまよう姿を想像すれば胸騒ぎを抑えられない。


 ふらっといなくなって、そのまま。

 そんなことが起こってしまうかもしれないという恐怖――――。


「眞輔……」


 言いかけた私の声を狙って遮るように、眞輔はムクリと身体を起こした。


「花帆」

「……ん」

「キスしよう」


 眞輔らしくなかった。

 矛盾しているけど、懐に入るのを拒絶されたと解った。


「……いいよ」


 向かい合う私は肩を抱かれ、割れ物を扱うような慎重さでゆっくりと床に押し倒された。

 彼の腕が私の背中に回り、一方で私の腕は眞輔の太い首根に回る。

 胸と胸が密着して、私の脚のあいだに眞輔の厚い太腿が滑り込む。


 人体の骨格って、2人が抱きしめ合うように設計されているんじゃないかと思えた。

 これが本来の在るべきカタチだと思うほどに、心地良い体勢。

 2つの鼓動が脈打って、触れている箇所すべてがぼうっと温かい。


 すぐ鼻先に彼の顔がある。

 真っ直ぐな眼差し。

 ほだされるくらいに逞しい2つの眼。


 満たされると思った。

 なのに、心には隙間風が流れ込むみたいだった。


 眞輔の顎が伸び、ゆっくりと唇が迫る。

 恍惚とすべきその一瞬に、私の内を駆け巡る感情は淋しさだった。


 これは互いを求め合って交わすものじゃない。

 それぞれが背けたい何かから逃れるために交わすもの。

 そんな行為に2人して溺れたいんだって痛感していた。


 唇と唇の先端が触れ合う寸前に、私の腕がぴくりと揺れた。

 それで我に返るように、眞輔も動きを止める。

 私たちはそのままの姿勢で、長いこと固まったままでいた。

 

 問題に囚われるほどに意固地になっていくこと、私にはよく解っていた。

 だからって申し開きなんてできるはずはないけど。

 絶対に見過ごしてはならない兆候に気付いていながら、私はそれを素通りしたんだ。


 この日、私たちはぴたりと身体を重ね、わずか数ミリの距離でじっくりと互いの息遣いを聴き合いながら、残酷にすれ違った。



 ◇



 こんなに勤勉な模範生います? ってドヤれるくらい、私は一日の大半の時間を勉強に費やした。

 すべては単位稼ぎのため。

 ……そう言えたならよかったけど、実際はこれも現実逃避の一手段にすぎなかったんだろう。


 図書館の自習机に資料を広げて鬼気迫る形相でノートを捲っていると、真隣の席に人の座る気配がした。

 周りは空席だらけだっていうのに。


 横を向くと、頬杖をついた巽がいた。


「真面目かよ。偉いじゃん」

「……まあね」


 それっきり、ちょっかいを出すこともなく黙って私の勉強姿を眺めている。

 こんなの調子狂っちゃう。


「なんなの? 要件だけ言って。手短に」


 巽は頬杖をついたまま姿勢を崩さない。


「……例の噂。宇野名都のな。流してる奴を突き止めた」

「え?」


 どうしてそんなこと。

 頼んでもいない。


「お前のためじゃない。俺が個人的に知りたかっただけだ。でも、お前にも伝えとくべきだと思った」

「何を知ったの?」

「夏休み前にな、俺なりに宇野名都の失踪の理由をあちこち聞き回ってたろ。下世話な連中のあいだには根も葉もないあて推量が蔓延ってたよ。そういう厭らしい噂の出どころっての、それが今回の件とも同じだった」

「結論を言って」


 巽は静かに息を吐いて、視線を横へ流した。


「……保科(ほしな)侑子(ゆうこ)って女」




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