ありきたりなオカルト話
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冬季の単位のほとんどを取りこぼした去年のツケを払うように、今期の私は多少キツいと感じるくらいの講義数を取っていた。
溜まり始めた課題を消化する必要が出てきて、ひとり遅くまでPC室でひたすらキーボードを叩く。
なかなか終わりの見えてくれない作業に心が折れそう。
だだっ広い部屋にぽつんと居座る私のためだけに、天井の空調機はゴウゴウと音を立てて温風を吐き出してくれる。
それも申し訳なくなって、21時に差し掛かったところで帰り支度を始めた。
エントランスから寒空の下に出ると、冬の澄んだ空気のためか、キャンパスのあちこちに疎らに灯る照明が闇にくっきりと映えた。
――――名都が目撃されたという噂は、少しずつ形を変えながら生徒たちのあいだに拡散していた。
今はもう宇野名都という固有名詞は消えて、代わりに大学構内で投身自殺した女生徒の霊が出る、なんてありきたりなオカルト話に変容していた。
「一人きりの時に第8号研究棟の屋上を見上げると、血だらけの女がこっちを見下ろして手招きしている」
くだらない与太話だってわかっていた。
そもそも初めは、件の研究棟の屋上に繋がる非常階段の鍵が壊れていて、誰でも出入りすることができる、という噂の方が先にあった。
それと幽霊話とが組み合わさって大きくなったんだろう。
私はその研究棟のことをよく知っていた。
実際に噂を確かめに屋上へ登ったことがあるからだ。
冒険したいと駄々をこねる名都と2人、去年の夏の終わりに忍び込んだ。
私たちは人目を盗んで非常階段に取り付き、意気軒昂と最上部を目指した。
そこは長いあいだ誰にも使われていなかったようで、張られ放題の蜘蛛の巣を取り払うのに一苦労した。
たどり着いた屋上の見晴らしはなかなかで、私の隣で汗をぬぐう名都は満足げな顔を見せた。
『ずっと向こう、あの森みたいになってるエリアを越えたさらに先に、大学が飼ってる牛がいるらしいよ』
『どうして牛なんか飼うの?』
『さあ。研究のためにラットやモルモットがあるなら、牛を飼ってもおかしくないんじゃない』
いつかその乳牛も見に行こうと約束した。
それだけじゃない。
普通に通学しているだけじゃ行き着くこともないような場所ばかりを巡って、いろんなものを一緒に見つけよう。
『閉鎖されない限りは、ひとまずこの屋上も私たちの秘密の場所だね』
今やそこが自殺スポット扱いだなんて。
ね、名都。
偶然にしたって、こんなのあまりにも皮肉が過ぎるよね……。
ちょうど去年の今頃、私は焦り切っていた。
授業もサークルも、人付き合いはおろか自分の生活のすべてをないがしろにして。
ただ名都を取り戻そうと躍起になっていた。
なけなしの貯金をはたいて、足りない分もどうにか工面して、探偵を雇ってもいいとすら考えた。
でもいざ彼女を見つけ出したとしても、本当の問題はそのあとにある。
私がどんな言葉を掛けたってあの子を救う手助けにはならないと思えた。
根本にあるのは彼女を蝕んでいるトラウマだ。
ならその元凶となるものに手を打たないとならない。
考えた末に私はひとつの案に思い至った。
名都の父親を訪ねようと。
そうだった。
去年の私は、そのことに一抹の可能性を見出せる気がしていた。




