認めてもいいんだよね
アパートの前まで戻ってきて、私たちは立ち止った。
じゃあねって言葉が相手から発せられるのを互いに待つように、しばらく黙り合っていた。
やがて痺れを切らしたように眞輔が口を開いた。
「こういうの、すげーダサいってわかってるんですけど」
「……うん?」
「頼み事、聞いてくれませんか」
今ならどんなぶっ飛んだ願いだって喜んで引き受けてやろうって、私はそのつもりだった。
もっとも、その願いは想像のはるか上までぶっ飛んでたんだけど。
「一晩一緒にいてください」
今まで見たこともないくらい、ガチガチな深刻顔だった。
今夜は眠れないだろうから話し相手がほしい。
そういう意図だってことは理解していたし、きっと私もひとり部屋へ戻ったところで寝付けなかっただろうと思う。
そう承知した上で、部屋に入ると、私はいの一番に梯子を駆け上がった。
ロフト空間には乱れた敷布団と目覚まし時計。
それと夏から片付けずに放っていたのだろう、小型の扇風機があるだけだった。
部屋を見下ろすと、眞輔が呆けて私を見上げていた。
手招きすると、
「あの……。別にふしだらなことをするつもりはないんだけど」
「はあ? 当然でしょ。指一本でも触れてみなさいよ。床に蹴り落としてやるから」
ブンブン手首を振るうように手招きを繰り返すと、困惑しながらもやっと梯子を登ってきた。
私は掛け布団をかぶり、その中に眞輔を引き込む。
私たちは布団から頭だけ出して、どこを見るでもなく照明の点いたままの部屋を見渡した。
「……私と名都は目いっぱい怖い思いをして、場合によっては警察に追われるようなこともしでかした。でも、あの子がいなくなったのはそのせいじゃない。根本にもっともっと大きな問題があったの」
だから私がいくら待とうとも、たとえ何か行動を起こそうとも、もう二度と帰ってこないんだって、本当はわかってたんだよね。
「それでも私、どっかで期待して、自分を責めてた。長い時間を殻に閉じこもって過ごしたの」
でもね、今こうして笑ったり、穏やかな気持ちでいられる瞬間があるのって、自分を罰したことが報われたからじゃない。
「眞輔とか、巽とか、周りの人のおかげ。見守ってくれたり、ぶつかってくれたり、そういうことがあったから変わっていけたんだと思う」
すぐ右隣にいる眞輔の体温や息遣いを、布団を介してじんわりと感じた。
「たぶんこれからも、私は自分を許せないと思う。でも、苦しめるのとは違う解決の仕方もあるって、私たちは認めてもいいんだよね?」
その問いに答える代わりに、眞輔の左手がモゾモゾと布団の中をまさぐり、やがて私の右手に行き着いた。
沈黙のままのコミュニケーションっていうのがムズムズとこそばゆくって、私もその手をぐっと握り返す。
「……触れちゃったけど、俺を蹴落としますか?」
「もうちょっと、こうしてたあとにね」
私たちは小さく肩を揺らした。
「深夜の運動公園で初めて花帆を見たとき、すぐに気付きました。この子も俺と同じように何かを失くしたんだろうって。その晩からしばらく、頭を離れませんでした」
「同情?」
「そうだったのかもな……」
重なった手と手。
そこから眞輔の指がゆっくりと私の指をほぐしていって、結ぶようにして組み合った。
「まだ大学が始まってすらいないのに、俺はもう確信してた。きっかけはどうであれ、この一年をかけて俺はあの女の子に惹かれていく。きっと抗うこともできないだろうって」




