バイザーに隠れた向こう側
「花帆の気持ち、俺にはよく解ってました。近くにいられたあのとき、自分の行動ひとつ、言葉ひとつで何かが変わってたかもしれない」
気付いてあげてさえいられれば、今でも隣にいてくれたかもしれない。
そう思えばこそ自分を責めずにはいられなかった。
眞輔は知っていた。自分も通った道だったから。
私の苦しみも、もがきも、痛いくらいに解っていてくれた。
「どうやって乗り越えたの?」
「乗り越えた?」
眞輔は首を横に振った。
「花帆が思うほど、俺は強い人間じゃないよ」
「そうかな」
「情けない話、北海道に行った目的、兄貴の見た景色を俺も見たいだなんて格好付けて言ったけど」
眞輔は遊具の小刻みな振動を止めるように、そっとパンダの額にその大きな手の平を乗せた。
「未だに受け入れられてないんです。見る影もないほどぐしゃぐしゃにひしゃげた兄貴の愛車も、冷たくなった体も、夢に見るほど眼に焼き付いてるはずなのに、未だに腑に落ちてない。俺はね、北海道へ兄貴を探しに行ったんですよ」
ゴオ、と身震いするほどの冷めきった北風が私たちのあいだを吹き抜けて、裸の並木を大きく揺らした。
「……馬鹿みたいだな。そうでしょ?」
「そんなことない」
「すれ違いざまに手を挙げてくれるライダーたちひとりひとりの、フルフェイスのバイザーに隠れた向こう側に、兄貴の顔があるんじゃないかって。探してた。冒険なんかじゃない。俺はただ迷子みたいにさまよってただけです」
その光景が簡単に目に浮かんで、浮かんでしまうことがたまらなく悲しかった。
無意識に目が追ってしまう。
視えるはずのないものを探してしまう。
私も何度となく経験してきたことだから。
自殺の当時、眞輔はお兄さんに倣って格闘技を初め、バイクの免許を取り始めた頃だった。
彼の亡きあと、眞輔は後を追うようにしてそれらの活動にのめり込んだ。
その中に兄という存在をもっと深く理解するためのヒントがあることを期待して。
体を動かしたりバイクを走らせるのは開放的な趣味に思えるかもしれない。
確かにそうした関わり方もできるけど、それだけでもない。
突き詰めていくと完全に自分の世界へ没入していくのだそうだ。
外へ出ていくのと表裏一体で、内へ篭る行為でもあるのだと。
「時折ね、抗えない力で意識ごと惹き込まれていくような、そんな不可思議な感覚に陥ることがあるんです。それで、ちょっとだけ解った気がするんです」
帰らぬ人となったあの日、お兄さんは身も心もボロボロで、意識も半分以上は混濁してたのかもしれない。
そんな中でバイクに跨り、久しぶりに浴びた風があまりにも心地よくて、願わくばずっとこうして風の中を駆け続けていたい。そう願ってしまったんだって。




