挫けなかったせいです
人気のない児童公園まで来ると、眞輔はパンダを模ったスプリング遊具に跨った。
地面から図太いバネが伸びていて、暴れ馬みたいに揺れるやつ。
眞輔の図体に比べてパンダは心もとないサイズで、その不格好さが愛らしかった。
そうして静かに揺れる眞輔を、私はすべり台のステンレス面の最下端にちょこんと腰かけて眺めていた。
しばらくして眞輔はポツポツと語り始めた。
彼の6歳年上の兄の身に起きた出来事について。
「バイクでの単独事故ってことになってるけど、内々では自殺として受け入れてるんです」
遺書のたぐいは見つからなかった。
でも現場検証によると事故にしては不可解な点があまりにも多かったらしい。
まるで自らハンドルを切って崖から転落したようだったと。
お兄さんは短大を出てからゆかりの無い地方都市へ越して就職した。
それを機に友人や家族との交流の頻度は劇的に減った。
でも時折会って話をする限りでは特に異変は見いだせなかったという。
見いだせなかっただけで、異変はあったはずだ。
問題の無いように振舞っていた。
きっと真面目で思慮深い人だったに違いない。
その優しさ故に無用な心配を掛けまいと、周囲に助けを求めることもなかったんだろう。
いわゆるブラック企業と呼ばれるもの。
そんなものに厳密な定義があるかは知らないけど、お兄さんのいた場所はそういう場所だった。
企業側は頑なに認めなかった。
でも事故が処理されてしばらく後、眞輔は当時の同僚だった人物にしつこく連絡を取り、その内情を聞き知ることができた。
その環境は常軌を逸していると思えた。
「デスマーチっていうらしいです。組織の事情で、失敗することがわかっているプロジェクトにまともな予算や人員も割かないまま、あえて強行させるって。それにどういう利益があるのかはわかりませんけど、体裁とか、そういうもののためでしょうか」
途中まで進んでいたプロジェクトのリーダーが体調を崩してしまい、代役としてまだ経験の浅い、とても任せるのが妥当とは思えないお兄さんにその役があてがわれた。
当然ながら上司たちは破綻を見越していた。
使い潰すつもりだった。
彼はそれに抗い、ただただがむしゃらに、全身全霊をかけて奔走したそうだ。
食事や睡眠の時間もまともに無く、避けようもない支障で生じたミスにも叱責され、なじられ、そんな日々が延々と続いた。
元同僚曰く、お兄さんは必死になるほどに視野を狭めていったという。
末期では一種の錯乱に近い状態までいっていたのかもしれない。
いつか、なんの前触れも見せず、お兄さんは思い出したように長期間手入れをしていなかった錆だらけのバイクを引っ張り出した。
それに乗って切り立った海崖沿いの国道から真冬の海へ落ちた。
それは平日の深夜の出来事で、計画的にその日を選んだのか、衝動に従った末のことだったのか、一切のことはわからない。
あまりにも突然だった。
「親は納得しませんでした。兄貴は脆い人間じゃなかった。よりによって自殺なんて。何かに挫けたとしても、そんな終わらせ方をするもんかって。でも、俺は違うと思った。挫けなかったせいです」
相手にすべきじゃないものに真っ向から立ち向かって、やがて消耗しきってしまった。
きっとそのときのお兄さんは、本来のお兄さんとは別の人間になってしまっていたんだろう。




