訊かずにいるっていう優しさで
◇
冬休みのスタートが翌週に迫る休日、改まって眞輔を呼び出そうとして、その口実に頭を悩ませた。
イヴ3日前っていうタイミングも悪いんだろう。
決して浮ついたことをしたいわけじゃない。
それでも私の中に多少なりの下心が潜んでいるのは事実だから、それを勘繰られるんじゃないかと怖くて仕方なかった。
さんざん悩んで、結局送ったメールに添えたのは5文字だけ。
【ツラ貸せや】。
用事を済ませたあとでいいなら、って返事をもらい、指定した大学構内の中央広場でひとり待つ私。
時刻は夕方に差し掛かり、吹き荒れる木枯らしが鞭のように容赦なく肌を痛めつける。
指もコチコチにかじかんでしまった。
家を出る前に姿見でチェックしたとき、手袋がやけに子供っぽく見えて置いてきちゃったんだけど、安易な判断だったと悔やんだ。
眞輔はおおむね約束の時間どおりにやって来た。
ちょっと野暮ったく見えるダウンジャケットに、いつか私に貸してくれたネックウォーマーをマフラー代わりに身につけて。
冷気で鼻の頭が少し赤らんでいるのが可愛かった。
「ごめんなさい。痛くしないでください」
「なに謝ってるの?」
「わかんない。でも俺、これからヤキ入れられるんでしょ?」
あの文面だけ見ればそうも思うだろう。
私は噴き出してしまった。
「夏の終わり頃かな。私、鬱モード入ってて君を避けた時期あったでしょ」
「うん」
「巻き戻して、あの時間のやり直しをしたい」
言っときながら、お茶しようとか映画観ようとか、こっちが考えておくべきことは一切のノープランだった。
なのに眞輔はひとつも困った顔をしない。
結局私たちはブラブラと遊歩道を散歩することにした。
キャンパスのど真ん中を縦断するように、およそ4キロにも及ぶ大学の敷地に途切れることなく続く中央歩道。
その末端は公道に接続して南方の駅にまで伸びている。
私たちはその一本道を延々と南下した。
「昼間の用事って、なんだったの?」
「学科の連中と買い出し。来週で授業終わりでしょ。帰省組が帰る前に呑もうってさ」
「クリスマスパーティーだ」
「そう。色事と無縁の野郎どもで集って、一からケーキ作るって。山ほど生クリーム買ったよ」
平々凡々な大学生の冬休み。
他愛もない話に花を咲かせているとあっという間に小一時間が経って、駅前に歩き着く頃には日も沈む宵時だった。
ロータリー前の広場はすっかり葉を落とした街路樹に電飾が巻き付けられ、藍色に統一されたイルミネーションが幻想的な空間を創っている。
「こういうのってさあ、男1人で見入ってるのもなんか不気味でしょ。じっくり眺めてたくても、ついそのまま通り過ぎちゃうんですよね」
バスやタクシーを待つわけでもなく、私たちはだだっ広いロータリーのベンチに腰掛けた。
幸い近くには公衆トイレも自販機もある。
互いに勝手気ままに席を外したりしながら、ベンチを中心にしばらく夜景を楽しんでいた。
行き交う人々の動きと、その中で変わらない人工的な藍の灯火。
辺りはすっかり暗くなって、そうなると駅ビルを取り囲む高層マンション群の埋め尽くすような照明が視界に広がった。
駅に入っていく人と、出てくる人。
その流れも幾分落ち着きだしたところで、私はポツリと隣の眞輔に言った。
「君は、私が苦しんでること知ってて何も訊かずにいてくれたよね。訊かずにいるっていう優しさで、ずっと私を助けてくれてた」
眞輔は私に顔を向けてニコニコと笑った。
なんにも言わずに。
私もそれに笑顔で返す。
「……でもね、私はそんなにできた人じゃない。節操ないの。知りたくて仕方ない。眞輔のことをもっと」
彼は私が何を求めているのか、すぐに察したみたいだった。
「眞輔のお兄さん、死んじゃったんだね」
「…………」
嫌なら拒絶されても良かった。
眞輔の役に立ちたいとか、そんな思い上がりじゃない。
これは私の我儘だったから。
身動きせずに逡巡していた眞輔は、やがて静かに立ち上がった。
「場所を移しませんか?」




