私たちのもとへは戻らない
名都の叔母であり育ての親である宇野恵子。
私が彼女と直接会ったのは2度で、そのうち初めの出会いは名都の失踪の翌日、事情聴取のために例の警察署を訪れたときだった。
少しやつれていたけど、キリっと澄んだ雰囲気の美人で、30代半ばという年齢よりずっと若く見えた。
名都とは年の離れたお姉さんと言われても遜色ないくらい。
『伝えたいことがあるんです』
思い詰めた顔でそう言う私は、彼女にとっては姪の最後の目撃者だった。
焦燥していた姿は挙動不審に見えただろう。
それでも彼女は戸惑いや訝し気な顔をすることはなかった。
喫茶店にでもと勧めてくれた恵子さんに、あまり人に聞かれたくないと言うと、
『それじゃ、少し車を走らせようかしら』
と、私を助手席に乗せて、署から出て知らない街中を適当に回ってくれた。
刑事さんには黙っていた峠道の事故の件も、包み隠さずに話した。
名都の親族にまで突き通す嘘じゃないと思ったから。
これで恵子さんが私を非難するならされるべきだし、警察に告げて、結果私が処罰を受けるなら受けるべきだと覚悟した。
だけど、彼女は私の告白を静かに受け止めてくれただけだった。
『相手方の子たちには申し訳ないけれど、あなたとなっちゃんに非はないわ。自らこれ以上の心労を増やすこともない。見つからないならば、そのままにしていなさい』
ほっとしたっていうのは、正直なところだった。
『ただ、この事となっちゃんがいなくなった事とは、別の問題だと思えるわ。あの子は遅かれ早かれ消えてしまうと判っていたの。この件はきっかけに過ぎなかった。花帆ちゃん。覚えておいて。これから言うことはあなたのためになるはずよ』
何かが喉に詰まったような、苦しそうな声だった。
遠い目をしながら車を走らせる恵子さんの悲しげな横顔に、時折名都が見せた儚さに通じる面影を感じた。
『期待はしないで。なっちゃんは2度と私たちのもとへは戻らない』
私以上に名都を知る恵子さんの言葉にはずっしりとした重みがあって、だから私は、その一言で奈落の底に突き落とされた気持ちになったんだ。
◇
秋休みの遠征の帰り、車の中で巽と2人きりになったときに言われた。
名都の話、眞輔にもしておけって。
誰よりお前を心配してたのは眞輔だったって。
その巽のお節介にこっちも誠意を示すために、私は菓子折り片手に眞輔のアパートを訪問したのだった。
男の子の部屋に入るなんて部活の宅飲み以来だな。
間取りなんてどこも似通ったものだろうと思っていたけど、その部屋には珍しく梯子で登るロフトがあった。
二段ベッドの上段っていうのに幼少から謎の憧れがあった私はテンションが上がってしまった。
事前にお邪魔すると聞いて掃除でもしたのか、想像よりサッパリとして清潔感があった。
だけど、この位置? って所にゴミ箱があったり、本棚の一画がタオル置き場になっていたり、そこら中の壁の出っ張りに上着や胴着がひっかけてあったりと、妙に生活感が滲んでいる。
少しだらしのなさが伺える部屋の中央のテーブルに、眞輔に似つかわしくないアロマキャンドルがポツンとあった。
淡くピンクがかった半透明のジェルタイプで、器の底に色付きの砂が敷いてあった。
「きれい。手作り?」
「貰い物です。部のマネージャーがね、こういうの趣味なんだって」
真夏の体育館前で目撃したピチピチ溌剌ガールの姿が頭に浮かんだ。
嫉妬だったと思う。内心ハラハラしながらも、私は探りを入れずにはいられなかった。
「その子、君のことが好きだったりしてね」
「そう言ってたよ」
ギクリとして、泡を吹きそうになった。
「断ったけど。以来ちょっと気まずくてさ。あれ、これ話しませんでしたっけ?」
その緩急殺し、心臓に悪い。
ひとまず胸を撫で下ろしたいところだけど、いいのかな。
そもそもの話、眞輔は女とか恋愛とかにそれほど興味がないのかもしれないと、一抹の不安がよぎった。




