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見えない影に振り回されて



 お茶のペットボトルを買ってコンビニの自動ドアを出ると、正面から眩い西日が私の全身を照らした。

 思わず顔を背けると、ゴミ箱の先の喫煙スペースで何やら巽と茉以が揉めているようだった。


「一本くらいいいでしょ。減るもんじゃなし」

「いや、減るだろ」

「巽クンって、見かけに反してケチくさいんだね」

「見かけに反することに関しては、茉以ちゃんには及ばないけどな」


 どうやら茉以が巽のタバコにたかっているらしい。


「茉以。タバコなんていつから吸うようになったの?」

「たった今から」


 私も無性に悪ノリしたくなった。

 茉以と2人掛かりでおねだりの挟撃をしていると、抵抗していた巽も最後にはウンザリした様子で一本ずつ差し出してくれた。


「咥えたまま、火が付いたら息吸い込んで……」


 お約束だけど、私と茉以は2人してむせ返った。

 煙を肺に入れるって言うけど、こんなのどうやったって気道の奥まで進んでくれる気がしない。


 悪戦苦闘ののち、いわゆるふかしってやつだろうか、私たちはただパフパフと煙を吐き出すことでタバコをやっている気分に浸り、満足した。


「この足でバッティングセンターでも寄る? 何時まででも付き合っちゃうよ」


 茉以の奥で巽は深刻なウンザリ顔をしている。


「無理しないでよ。茉以だっていろいろ予定あったんでしょ?」

「ううん。ないよ。この秋休みはホントにまっさら」

「珍しいね。彼氏とどっか行かないの?」

「ああ、アイツとは別れたよ」


 寝耳に水で、驚きのあまり声が上ずった。


「なんで。ラブラブだったんでしょ?」

「そうでもないよ」


 初喫煙、しかもふかしてるだけのクセして、茉以はタバコを構える仕草がやけに板についている。

 まるで夜勤明けのキャバ嬢の哀愁さみたいなものを感じた。


「実を言うとね、学祭デート取りやめてアンタの看病してたとき、アイツ裏でずっと文句垂れてたの。彼氏の俺より女友達を優先するのかってさ」


 巽は咳払いをするように笑った。


「そいつ、ガキかよ」

「ガキよ。今回の連休も、こっちの予定聞かずに何かのライブのチケット取ってきて、俺と行かないなら好きにしろって。んで、好きにしたわ」


 吐き捨てるように言う感じ、未練はないみたいだけど、それって私のせいでダメになったようなもんじゃない。


「花帆は責任感じなくていいよ。むしろ事故物件だって早い段階で知れて、ラッキーだったって」


 設置された灰皿のポールにトントンと灰を落として、ニッと歯を見せて笑う。

 そのこなれた手つき、お前本当に初喫煙かよ。


 私はどう言葉を掛けたらいいかわからなくて、ただ黙って茉以の隣にすり寄り、彼女の肩にコテンと頭を乗せた。

 茉以も黙ったまま腕を伸ばして私の肩を抱く。


「なんだこれ。は~あ」


 巽はため息と一緒に長い煙を吐き出した。



 夕闇の中を街まで戻ってきて、まず茉以をアパートの前に降ろした。

 その次は私を送り届けるために、巽は続けて車を発進させた。


「今日は悪かったね。ガソリン代、私出すから」

「いいって。それに見合うだけの話は聞けたしな」


 そのあとでわざわざ付け足した。


「俺は聞きたがりだけど、一方で口は堅いんだぜ。お前の懺悔は他言無用にしておく」


 この男も、なんだかんだで義理堅い奴なのかもね。


「ほんと、悪かったと思ってる。アンタには人一倍こっちの不機嫌を当てつけたと思うし」


 巽はまた堪えるような笑い方をした。


「不機嫌にさせたのは俺だろ? 承知の上で絡みに行ってんだよ」

「そ……」


 私はゴロンと後部座席に寝転んだ。


「……私、見えない名都の影に振り回されて、現実に付き合ってるみんなのこと振り回してた」

「俺たちに吐き出すことで、その影とは決別できたのか?」

「……実感は、ないけど」

「だろうな」


 私は頭をもたげるようにして、シートの隙間から運転する巽の横顔を覗き見た。


「お前さあ……」


 そこまで言っておいて、思い直したのか、巽は言葉を止めてしまった。

 その挙動で私は察したんだ。

 おそらく巽は勘づいている。

 今日打ち明けた話、嘘を忍ばせたわけじゃないけど、一片の狂いもなく正確だったというわけでもない。

 まだ、すべてをさらけ出してはいないんだってことに。


 名都の残影はまだ重たく私の頭上に立ち込めている。

 私はどうすれば本当の意味でこの呪縛から逃れられるんだろう。


――心の底では、逃れたいとも思っていないのかもしれない。




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