その十分間に
署を出て駐車場に向かい、見慣れた黒のコンパクトカーを探し出すと、私は一息ついてから後部座席のドアを開けた。
中にははしたなく靴を脱いでシートに脚を上げ、バリバリとお菓子を頬張っている茉以。
「おっす。お疲れ。カツ丼喰えた?」
「だめだった。ここの署はみみっちいね。アンタも罪を犯すなら別の県にしときなさい」
さっそくボケにボケを返す。
「お前参考人として呼ばれたんだろ? 出るはずないだろ」
運転席の巽がやり取りを見て呆れ返る。
名都の捜索を管轄するのは失踪場所であるこの内陸地方の県警であり、呼び出しを受けた私ははるばる3県ほど跨いでこの地へと出向く必要があった。
それを聞きつけた茉以と巽は、秋休みが重なったのもあって私の付き添いを名乗り出てくれたのだ。
本当は眞輔も来たがっていたけど、部活の試合があってできなかった。
かくしてこの異色のトリオで小旅程に出た次第。
「なんで2人とも後部席行ってんだよ。片方助手席来いよ」
「あは。巽クンってば寂しがり屋だね」
「お前らがくっつくと騒がしさが数倍に増すんだよ」
いいからいいから、と、茉以は巽に車を出すよう促した。
「それじゃ用事も済んだことだし、どっか遊びに行く? せっかく遠出したんだし」
巽は露骨に億劫そうな顔をした。
「興味ある観光地は特にないけどなぁ」
「……じゃあ、私にリクエストさせてくれるかな」
遠慮がちに言う私を見て、2人は顔を見合わせた。
ナビの示す目的地に着いて車から降り立った私たちは、何よりもまず初めに大きく背伸びをした。
点々と色づく山々に囲まれた盆地の片隅にある、小規模の道の駅。
私たちの住む街よりもずっと空気が澄んでいて、少し肌寒く感じた。
巽は面食らった顔をしていた。
「ここで当ってるのか? お前の来たかった場所」
「そうだよ」
去年のあの日、この場所に滞在したのはどれくらいだっただろう。
諸々込みで、大体半日くらい?
人生でたった半日。
それ以降は、もう二度と来ることはないって思っていたけど。
想像していたよりも、何も変わっていなかった。
私を先頭にして3人はぐるりと駐車場と建物の周りを歩く。
5分もせずに周回して、最後に公衆トイレに行き着いた。
ここも、なんにも変わってない。
「ちょっと、入ってくるね」
「はあ……。ご自由に」
終始困惑顔の巽を置いて女子トイレの奥へと進む私。
それを茉以が追った。
手洗い場の一番端の鏡の前で立ち止まると、私は静かに洗面台に手を付く。
そう、覚えてる。たしかにこの鏡だったはずだ。
ここへ戻るのがずっと怖かった。
だけど、思ったよりも今の私は冷静さを保っていられる。
隣に茉以がいてくれるからだろうか。
「ここで何があったの?」
私は深く息を吸い込んでゆっくり眼を閉じた。
「……一年前、私と名都はここで車中泊をした。夜明けに車内で目覚めた私は、まだ眠ってる名都を起こさないようにそっと抜け出して、この鏡の前に来たの」
シンクの上に置いた指に、自然と力がこもった。
「顔を洗って、ボサボサだった髪を軽くとかして。時間にして十分にも満たないくらい。その十分間に、私は一番大切だったものを失くした……」
少しずつ、顔の表面に熱が帯びてくるのがわかった。
「花帆。今日はとことん付き合ったげる。遠慮しないで言って。次はどこへ行きたい?」
私は閉じていた眼を開けて、鏡に映し出された自分の瞳を見返した。
「……帰ろう」
――――黙って車を運転する巽は、口にこそしなかったけど、不満を抱いているのは十分に伝わってきた。
対価を期待して付き添いに名を挙げたわけじゃないだろう。
それでも一切の説明ももらえないんじゃ当然だよね。
それは私も重々承知してる。
「ねえ、巽」
「なんだよ」
「運転しっぱなしで疲れたでしょ? 私が代わってあげる」
「ふざけろ。お前無免許だろう」
「心配しないでよ。私は無免でもスクーターで林道を攻めた女よ」
「それで法面に突っ込んで遭難しかけたんだよな?」
私はクスクスと笑った。
「あのとき、助けに来てくれてありがとね」
「え?」
私はバスンと勢いよく背もたれに倒れ掛かって、ふうっと声にして息を吐いた。
「聞いて。これから全部打ち明けるから。私と名都に起こったこと全部。きっとこの話を聞いたあとで私への印象はがらっと変わっちゃうと思う。でも、それでもいい。私は覚悟決めたから、そっちも覚悟して」
茉以は例のごとく靴を放ってシートにあぐらをかき、どっしりと腕を組んだ。
「バカねえ。そんなものとっくにできてるのよ。散々グズついてきたのは花帆の方でしょ?」
これでもかとドヤ顔を作って私を煽る。
……本当に、私は茉以のそういうところが大好きだよ。




