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ちょっと苦しかった



 車のウインカー音を背後に、慌ただしく砂利を踏む音が近づいてくる。

 次にふわっと身体が浮く感覚がして、遠のいていた意識が醒めていく。

 まぶたを開く力は残っていないけど、その腕の感触と匂いだけで、私は眞輔に抱き上げられているのだと判った。


 眞輔は私ごと自動車の後部座席に乗り込むと、冷えた衣服をはぎ取って私を下着姿にしたようだった。

 続いて自分も着ていた服を脱ぎ捨てて、包み込むように全身を密着させて私を抱く。

 あとで知ったことだけど、直に肌と肌とを触れ合わすことでより体温を移しやすくなるのだという。


「生きてんのか!」


 前方から(たつみ)のものらしき声が聞こえた。


「凍えきってる。とにかく車を出してくれ」


 眞輔の手の平が足先から太ももを強引に撫でこする。

 吹き掛けた吐息が胸元に当たる。

 その感触はまるで自分の身体じゃないみたいに鈍く、本来の一割も神経が働いていないようだった。


「お前の言ってた悪い勘が当たったな。いつかこんなことが起こるんじゃないかって……」


 車が動き出す振動を感じながら、再び意識が薄れていった。

 まぶたも唇も、指先でさえも動かせず、2人に何も伝えられないままで。



――――次に意識が戻った時、私は仰向けになって見慣れぬ部屋の景色を見回していた。

 見慣れない。でも知っている。

 ここは茉以の部屋だ。


 思った通り、私の隣には張り付くようにして茉以がいて、


「こんの、方向音痴! GPSの電波で溢れ返ってるご時世に遭難なんて、狙ったってそうそうできないわよ!」


 やかましい口調とは真逆に、しおらしく私を抱きしめる。

 バツが悪くって、どんな顔をしたらいいかわからない。


 困っていると、騒ぎを聞きつけたらしく奥のドアからひょいと顔が覗いた。

 眞輔だった。

 何事もなかったみたいにいつもと変わらない顔をして。


 眞輔と巽が私を見つけ出してここに運んだ後も、そのまま10時間は眠り続けていたらしい。

 体温はすっかり戻って寝息にも異常はなかったけど、これ以上目を覚まさないなら念のために病院に連絡しようか、と話していたところだったという。


「アンタ、眞輔っちに礼言いなさいよ。あと謝罪も。ていうか後でいくらか包みなさい」


 ビシビシと私の肩に手刀を打ち続ける茉以越しに、私は眞輔を見つめる。

 駆けつけてくれたこと、原付を倒したこと、その他の諸々も、随分と迷惑を掛けちゃった。


 ちゃんと言葉にしなきゃいけない。

 なのになかなか声が出てきてくれない。

 そんな私のもどかしい様子を見て、眞輔は笑顔になって頷いた。


 途端に涙が溢れ出した。

 熱い粒が止めどなく零れて上布団に落ちていく。


「……ちょっと便所!」


 そう呟いて、茉以はぎこちない動きで部屋を出て行く。

 そのわかりやすすぎる気遣いが、今の私には本当にありがたかった。


 嗚咽が収まるまでしばらく待って、やっと言葉を絞り出す。


「私には、親友がいたの」

「うん」

宇野(うの)名都っていう女の子」

「うん」

「あの子が消えてぽっかり空いた穴に、そのまま眞輔が入ってきたみたいだった。むず痒くて、でも温かくてほっとして、それと一緒に、ちょっと苦しかった……」


 眞輔は何も言わなかった。

 でも、全部わかるよって、静かに受け止めてくれたみたいだった。


 学園祭2日目の正午近く。

 その活気は学生街の全域に広がっているようで、部屋の外からいつまでも遠く喧騒が聞こえていた。



 ◇



 眞輔は帰っていったけど、まだ体調の優れない私は茉以の部屋にもう一泊させてもらうことになった。


「持つべきものは友達ってやつ、ほんと様様(さまさま)ね。あんたとの電話が切れたあと、すぐ眞輔っちに助けを求めたの。巽って子と一緒になって、必ず連れ戻しますからって。頼もしかったよ」

「………」

「まあでも、一番の功績者は他の誰でもなく私よねえ? ねえあんた、この借りは高くつくからね。覚えときなさいよ」


 おっしゃる通り、頭が上がらないわ合わす顔がないわで、私は布団を頭から被ってやりすごそうとする。

 でも本当に、今回の失態ぶりはどう見ても異常だったと思う。

 ここまで巻き込んでしまって、それでも深く追求しようとしないみんなの優しさに、もう胸が苦しかった。


「電池切れた携帯、充電しといたよ。あと、あんたが寝てるあいだに着信きてたみたいだったけど」

「そう。誰から?」

「知らないよ。見てないもん。私にだってプライバシーの配慮はできるのよ」


 茉以が放り投げるように携帯を渡してきたので、さっそく履歴を確認してみる。

 そこに表示された名前を見て、私は一瞬息が止まった。


――――宇野恵子(けいこ)


 急速な喉の渇きを感じて、私は意識して口内の唾液を呑み込む。

 彼女との接触は年明けを最後に、実に半年以上ぶりのことだ。


 留守電の通知を見つけて、震える指で再生する。


「……もしもし、花帆ちゃん。お久しぶり」


 急速に記憶がよみがえっていく。

 あの人の柔らかく緩やかな声。

 それでも、彼女からの連絡は極端に喜ばしい報告か、その逆であることを知っていたので、自然と体中の筋肉が強張っていくのを止められなかった。


 第一声から少しの間があった。

 電話の向こうで呼吸を整えたらしい。


「……不躾で悪いけれど、単刀直入に言うわね。どうか驚かずに聞いてね」


 そう前置きがあって、


「警察の方から連絡がきたの。なっちゃんの車が見つかったって」




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