答え合わせをしたかった
『代行は花帆を好きだと思うな』
『どうしてよ』
『さあ? なんとなく』
説得力のせの字も無いのに、なぜか名都の言うことは現実になるだろうと思えてしまうから不思議だ。
去年の夏休みに2人で訪れた海岸はすっかりお気に入りの場所になっていた。
それ以降もことあるごとに片道2時間はかかる道のりを運転して、ただ海を眺めて帰ってくる。
そんなプチ遠征の旅は夏休みが明けたあとも続いた。
翌日は私も名都も午前から授業なのに、後先も考えずにまたここへ来てしまった。
1限の講義なんてウザったいね。
履修登録してすぐだけど、いっそもう単位切ってしまおうか、なんて。
2学期は始まったばかりだというのに、本当に私たちは向こう見ずだった。
真夜中の埠頭。
暗い空には刷毛で限りなく薄く広げたような筋雲がはっていて、その半透明の層は背後の濃紺色を遮るほどの厚みも持たない。
十五夜と呼ぶには少し形の欠けた月が中心で煌々と浮かび、それは波打つ暗い海原に光を落として、水面の揺れが作る無数の凹凸を浮き彫りにしている。
私たちは車のボンネットに寄り掛かり、通り道のコンビニで買った棒アイスをつつきながら無駄話に花を咲かせていた。
この場所に来るときは必ず立ち寄る御用達のコンビニ、いつも買うのはアイスだった。
残暑と言ったって夜間は十分に涼しくなって、もう冷たい物をありがたがる気温でもないのにね。
たぶん、夏が過ぎてしまったことを認めたくないという悪あがきだったんだろう。
『代行が私に好意を持つとして、どこを好きになるのよ』
『う~ん……。…………。……顔? あ、身体?』
熟考した挙句の答えがこれよ。サイテー。
しょっぱなから有能な男の空気を醸し出していて、実際にバドミントンの腕前は抜群。
部の雑用や細々とした仕事にも率先してあたり、かつ手早く片付けてしまう中辻要は有能な男だった。
そのくせエリートぶったところは見せず、謙虚で物腰柔らかな優男。
およそ非の打ちどころが見つからない。
先輩の不在時のトラブルはアイツに任せちゃえばなんとかしてくれる。
そんな信頼とも押し付けとも取れる冗談がアダ名の由来だった。
先輩代行、部長代行って。
『ねえ花帆。〝好き〟ってどういう感情?』
そんなこと、真面目に聞かれても困っちゃうな。
『その人のことで頭が一杯一杯なこと。会ってない時間でも、今日こんな話したなとか、明日も顔見たいなとか。そんなこと考えてると頭が冴えちゃって、寝つけずに睡眠不足になったりして……』
『うわ。言ってて恥ずかしくないの?』
アンタが言わせたんでしょうが。
遠くからザアーとこだまする波の音と、やけに近くでチャプチャプと水がコンクリートの壁に跳ねる音。
その2重奏の合間をくぐって、一定の間隔でコツンと何かがぶつかる軽い音がする。
くたびれた街灯を見やると、甲虫らしき何かが灯りの周囲を飛び回っていた。
『本能だね。虫の』
光走性ってやつ。光に向かって進む習性。
『蛍光灯に体当たりかまし続けるなんて、生きる上で害しかなさそうなのに、本能?』
『本来は、そういうためのものじゃなかったんだろうけどさ』
名都は棒アイスの露出した木片の先を下唇に当てたまま、溶けかけた残りの塊を口に運ぶのも忘れて街灯を凝視している。
『本能の定義は?』
『また、ソレぇ?』
名都はなにかと定義の話をしたがった。
それは辞書に載っている説明文を読み上げるということじゃなくて、私たちの思う解釈を好き勝手に語り合うということ。
別に何かを決めつけたかったわけじゃない。
今にして思えば、きっと名都は自分の価値観が世間一般とどれだけズレてるか、答え合わせをしたかったんだと思う。
本能って、なんだろう。
衝動に突き動かされること。
人を好きになること。
暗闇に灯る明かりに惹かれること。
そんな中二病くさい話に思いを巡らすなんて、真夜中の海辺にでもいなければすることもなかったんだろう。




