馴れ初めを教えなさいよ
「ね、私のスクーター捌き、悪くなかったでしょ? 帰りも乗せてよね」
「嫌ですよ。一回きりだって約束でしょ」
「そんな約束、してない」
「そんなに乗りたいなら自分で買えばいいじゃん」
「だめよ。私、免許ないもん」
「え?」
ペットボトルに口を付けていた眞輔は思わずむせ返った。
「ならさっきの無免許運転、俺も犯罪の加担者なんだけど」
「バレなきゃ罪にもならないって」
鼻歌交じりにごくごくと缶ジュースを飲む私を見つめて、眞輔は息を吐き出すようにして笑った。
「……ここで出会ったときの第一印象、喋り方を忘れてたみたいだって言ったでしょ。親しくなるほどに想像もしなかった面ばかりが見えてきて、やっぱり花帆はヘンな奴だな」
さっきから、なんだか馬鹿にされ続けてる気分。
「コラ、なに呼び捨てしてんのよ。気に喰わない」
「先輩って呼び方じゃ茉以ちゃんと被るから、言い分けないと」
「なんで茉以はちゃん付けなのよ」
「本人が言ったんです。茉以ちゃんとお呼び、って」
……確かに、奴ならいかにもそう強要しそうだ。
公園を一周して自販機の元に戻り、空になったジュースの容器をゴミ箱に押し込むと、眞輔は停めていた原付に手を付いた。
「もうひとっ走りする? 私が後ろから煽ってあげる」
「それをさせられないから、押して帰ります」
車体の荷物入れが埋まっていて置き場がないからと、私がヘルメットを持たされた。
重くはないけどやけにかさばって、歩くのにどうも均衡が悪い。
いっそ被って歩いた方がラクかもな。
「あ、そうそう。眞輔ってば水臭いじゃん」
「なにが」
「彼女できたんでしょ。巽から聞いたよ。馴れ初めを教えなさいよ」
「彼女? いないよ」
初々しい後輩の恋事情、イジり倒してやろうと思ってたのに、キョトンとした顔。
恥ずかしいから誤魔化そうだとか、そういう意図があるようには見えない。
「巽が言ったの? じゃ、いつもの気まぐれのホラか……」
はあ? どうしてそんな嘘、私に言うのよ。って不満のまま声に出かけて、巽のにやけ顔が頭に浮かんだ。
『眞輔を狙ってたんじゃないの?』
アイツ、私をからかったんだ。くそムカツク。
――――そのときだった。
後方からカラカラって軽い金属がぶつかるような音がして、何事かと振り返る。
それとほぼ同時に、私の鼻っ先をかすめて何かが飛び、それが鈍い音を立てて眞輔の広い背中にぶつかった。
その時点ではまだ状況を把握できていなかったけど、このとき、私と眞輔のあいだに第三者の見知らぬ男が割り込んだのだった。
男は鉄製のバッドを持っていて、それを振り上げた際に発したのが私の聞いた金属音だったのだと、そう気付いたのは事が終わったあとだったけど。
男の繰り出した第一撃を背中に受けた眞輔はその場に転び、その上に原付が倒れかかった。
脚を挟まれて身動きできない彼めがけて、男は何度もバッドを叩きつける。
夏だというのに足元までのロングコートを着た小太りで髪の薄いその男は、私と同じくらいの身長。
男性にしては小柄だろう。
まったく見覚えがなく、何者なのか、なぜこんなことが起きているのか。
理解を越えた出来事に私はただ傍で立ち尽くすだけだった。
だけどそれも、男の発した怒声で合点がいった。
「お前みたいな軟派なガキに、茉以ちゃんがぁ! 茉以ちゃんの部屋に出入りして、このクソガキがあ!」
あっ。
この人、茉以のストーカー……。
◆
『目の前で暴力を見たことはある?』
名都の悲しげな瞳が揺れた。
うつむく頭、垂れる長髪。
うなじから続く白い肌に無数の黒痣。
頭の底に押し込めていた記憶。
腰に回る手。
近づく口元とアルコールの匂い。
平凡な女の子でしかない私は馬鹿みたいにすくみ上っているだけだった。
そんなどんくさい私を守るために名都は自分を犠牲にしてくれたっていうのに。
動けなかった。守ってやれなかった。
あのときそれができたのは私だけだったじゃない。
あの子は十分すぎるほどに辛い思いをしていたのに。
それをさらに私が、追い込んだんだな。
何度でも巡る後悔。
あの子を守ってやれたのは私だけだったじゃない。




