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馴染みのないそのフレーズが



 太陽がサンサンと照りつけるような陽気よりもしみったれた雨模様くらいが性に合ってる。

 そうは言ったけど、さすがに途切れもせず何日も続く長雨には辟易(へきえき)とし始めた。

 何より洗濯物が乾いてくれないのが困る。

 昔この周辺は湿地帯だったというだけあって、さすがに梅雨の湿度がえげつない。


 それでも、シトシトと垂れる網戸越しの雨音だけが私を憂鬱にさせたわけではなかった。


「誰なのよ? 紹介しなさいよ!」


 ベッドの上に放ったスマホを中心に、茉以(まい)の詰め寄るような甲高い声が響く。

 学内で私が男の子と歩いているのを見かけたって言うんだけど、心当たりがあるとしたら眞輔(ますけ)しかいない。


「紹介してどうするのよ?」

「その先のことはアンタが知る必要ないわ。興味も無いでしょ」


 確かに無いけどさ。


 眞輔の顔つきは爽やかな好青年風で可愛い後輩と言えなくもないけど、茉以の歴代推しメンに比べれば体格はおそろしくゴツい。

 こいつ、男の趣味が変わったのか。


「元々守備範囲が広いのよ。格闘技経験者なんて、カッコいいなぁ。屈強な年下彼氏、憧れるなぁ」

「そうね。私やることあるから、切るね」

「待て」


 構わず切ったんだけど、間髪いれずに再び着信音が鳴る。


「悪かったわ。本題に移るから」


 まだ本題じゃなかったのかよ。


「前に話したでしょ。バイト先に変な客が来るって。アイツ、近ごろ私のアパートの周りをうろついてるみたいなの」


 茉以は駅ビル内のドーナツチェーン店でアルバイトをしている。

 数ヶ月前に常連客と思しき40代くらいの男から突然電話番号の書かれた紙切れを突き出されたそうだ。

 当然返事はしていない。

 以降も男は店に来るものの、直接何かをするでもなく、表面上は何事もなく日々が過ぎていた。


 それが、最近になってその男に似た人影を頻繁に見るという。

 それもバイト先から遠く離れたプライベートな場所で。

 

 ストーカー。

 よく耳にはすれどあまり馴染みのないそのフレーズが現実味を帯びて頭にちらつく。


「警察に相談した方がいいんじゃない?」

「無駄よ。ほら、ユミっちが元カレに付きまとわれたときも、警察は助言するだけで何もしてくれなかったでしょ」


 まるで共通認識の話を持ち出したふうだけど、まったく私の知らないエピソード。

 まずユミっちとやらが誰かも知らない。


「それでね、花帆(かほ)に助けてほしいなぁって」

「私? 何もできないわよ、私は」

「わかってる。だから、ウワサの拳法部の彼、よろしくね」


 はあ、そういうこと。


 通話を切ったあともなんとなくそのままスマホの画面を見つめ続ける。

 さてこの話、眞輔にどう切り出せばいいものか。

 学校か、またはアパートの前で出くわすまで寝かせておいてもいいけど、茉以の話が本当だとしたらあまり悠長にはしてられないとも思える。


 いろいろ考えた挙句、私はそのまま画面上に眞輔の番号を引っ張り出してタップしてみた。

 どうせ一度じゃ繋がらないと高をくくっていたから、わずか2コール目で通話状態になって動転した。


 向こう側は少しざわついているようで、屋外にでもいるんだろうか。


「ちょうどよかった。先輩、今どこですか? 家?」

「え? え、ええ」

「迎えに行きますから、飯、食いに行きましょう」


 私から電話したはずなのに、ペースは完全に相手側。

 あれ、何の話をしようとしてたんだっけ?



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