最終話 一生懸命になれること。
「いじめんなよ」
「何回目よ。そもそもいじめてなんかないって」
すれ違いざまの悠司先輩の言葉に、すこしうんざりした様子で京先輩が答える。
「もっと、硬派でクールかと思ってたけど、あんなに口うるさいタイプだったなんて……」
すると、隣で一緒にドリンクを作っていた綾香先輩がそうこぼした。
それに全力で同意してくる京先輩。
「そうそう。もう凄かったんだから、ドリンクがマズイだの何だの、タオル干す時なんか、ちゃんとパンパンしろとか……掃除の仕方がとか」
「まっ、私達も柏木さんに任せっきりだったから……仕方ないけどね」
サッカー部に復帰した私。
綾香先輩と京先輩とは変わらず一緒にマネージャーをしている。ただ、私がいない間、悠司先輩と色々あったみたいで、戻ってきた時は二人から思わぬ歓迎をうけてびっくりしてしまった。
そして、お互い部活の時はちゃんと選手とマネージャーをしようと約束して、二人の仲を公表した。その時、先輩はいつになく満面の笑顔で、私は皆の反応が不安でちょっと緊張していたけど、不思議と誰も驚く事も冷やかす事もなく祝福してくれたのでホッとした。
あとは、ずっと気になっていた噂の件を思い切って先輩マネージャーに聞いてみたけど、二人が口をそろえて「もう大丈夫」だとやけに断言してくれたので信じる事にした。
「あの……悠司先輩はああいう言い方していますけど、本当は優しくて……」
「ちょっと、どさくさに紛れて惚気けないでくれる?」
フォローをしたつもりが、上手く伝わらなかったみたいだ。
――別に悠司のことは何とも思ってないわ。だから、あなた達の仲がどうなろうと私には関係ない。それに、あの様子じゃあ……柏木さんこれから大変かもね。
戻ってきてすぐの頃、綾香先輩はそう言ってくれた。
本当のところはわからないけれど……。
そして、部活終わりの帰り道の短い間が、私達の彼氏彼女の時間。
それでも、先輩マネージャーが後片付けも一緒に手伝ってくれるようになって、こうやって一緒にいられる時間がほんの少し増えた。
「今日さ、佐藤から聞いたんだけど、結衣は弁当自分で作ってるんだって?」
「はい。最近からですけど、まだ上手く作れなくて」
サッカー部の佐藤君は私と同じクラスで、教室でも比較的よく話をするようになっていた。
「卵焼きが美味しいって言ってた」
「佐藤君お昼パンだけだったから分けてあげたんです。でも、私には不味いって言ってましたよ」
その時の事を思い出しちょっとむくれた感じで話すと、先輩は急に立ち止まり何でか険しい顔をしたまま黙りこくってしまった。
どうしたのか不思議に思って振り返ると。
「あいつ、俺と結衣が付き合ってるの知ってるくせに、これみよがしに自慢しやがって……明日しごいてやる!」
「だ、ダメですよ。部活にそんなこと持ち込んだらいけません」
「じゃあ、結衣が俺に作ってきてくれたら、佐藤は許す」
ほんの少し拗ねた様子でそう言った。
本当は食べたいって事が言いたかったのかな……。
「もう、ちゃんと言ってくれたら作りますから」
「食べたい」
素直な返事に、私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、明日のお昼……」
「明日まで待ちきれないから、ちょっと味見させて」
先輩が私に向かって屈み込む。
柔らかい感触に、時が止まる。
――不意打ちで奪われた唇。
「っ……!」
「顔真っ赤だな……」
破顔した先輩とは反対に、あっという間に涙目になった私はぽつんと呟いた。
「は、初めて、だったのに……」
大好きな人と生まれて初めてのキス。
悠司先輩といつか……。夢見ていた。
だけどそれが、突然過ぎてよく分からないまま終わってしまって寂しく思った。
「ぅえっ!? あっ! あ〜……そう、だよな。うわっ、俺……何か佐藤に無性に腹が立って、結衣のこと独り占めしたくなって、こうやって隣にいてくれることに浮かれすぎてて、理性が一瞬飛んだ」
自分の頭をガシガシ掻き回しながら、焦ったように言い募る先輩。
「も一回、やり直させて。今度は真面目に、大切にするから!」
ファーストキスにやり直しなんかあるのか分からないけれど、息を呑むほど真剣な眼差しの先輩に私はこくんと頷いた。その顔は反則だ。それに、びっくりしたけれど嬉しいのは変わらないから……。
きっと、今日の事を笑って話せるくらい、これから先輩と数えきれないほどのキスをするのだろう。
そう思うと、幸せで身体の奥が熱くなった。
「結衣、これからも俺の隣でずっと応援していてくれ」
「はい。ずっと応援しています」
私は見つけた。
たくさんの一生懸命になれること。
先輩に少しでも追いつきたくて授業や試験勉強はもちろん、サッカーの事やマネージャーの仕事、明日からはお弁当作りも加わった。
そして、いま一番私が一生懸命なのは悠司先輩。
この先、迷ったり悩んだりすれ違ったり、ケンカすることもあるかもしれない。けれど、二人でいられる道をまっすぐに走っていきたい。
「好きだ」
「私も、……好き」
先輩の言葉に、微かに震える唇で私も同じ気持ちを返す。
顎に手を掛けられ優しく上を向かされると、私はそっと目を閉じた。
Fin.




