ポルスキーの伍長
「がっはっはっは! いやぁ悪い悪い、びっくりさせてゴメンなァガキ共!」
パチパチと音を立てて燃える焚火を囲み、木を削って作った串に刺した鮭の切り身を焚火に沿って並べながら、空軍のジャケットを羽織ったヒグマの獣人は豪快に笑ってウォッカの酒瓶を一気に呷る。
獣人、と一口に言っても、獣人にも『世代』という概念が存在するのだ。
例えば俺やマチルダ先生、エミリオのように人間にケモミミと動物の尻尾を生やしただけのシンプルな、如何にもケモナー入門用でっせって感じの獣人は【第二世代型獣人】と呼ばれる。こちらの方が人間としての特性が色濃く反映されており、骨格も人語の発声に適したものであるため言語の発音も違和感がない。人間の知能と動物の身体能力をバランスよく両立したタイプである、と評される。
そして今目の前にいるデスヒグマのように、獣人というよりは「人語を話す二足歩行の獣」というケモナーガチ勢向けのような姿をしている獣人は【第一世代型獣人】と呼称されている。人間の遺伝子が薄く、原型となった動物の遺伝子が色濃く表れたような姿をしており、骨格が獣のそれである事から彼らの話す言葉にはどもりのような、独特なイントネーションがある。
彼ら第一世代型獣人は第二世代型獣人と比較すると、知能ではやや劣り魔術の適正も低い傾向にあるが、感覚器官が動物並みに鋭い上に力も強く骨格も頑丈であるという特徴がある。そのため天地戦争では第二世代型獣人が後方で指揮を執り、第一世代型獣人が兵士として前線で戦うといった感じに役割分担がなされていたのだそうだ。
余談だが例外もあり、天地戦争のイライナ戦線では向こうの大貴族『リガロフ家』の当主が第二世代型獣人でありながら最前線で兵士を鼓舞しながら戦い、アレーサ、ザリンツィク奪還で重要な役割を果たした事例もあるのだという。
「俺、”ヴォイテク”。よろしく」
デスヒグマ改めヴォイテクは、名を名乗ると親し気な笑みを浮かべた。
よく見ると身に纏う空軍のジャケットは統一獣人戦線のポルスキー戦区のものだ。白と赤のツートンカラーが特徴的なポルスキー軍の識別章があり、その下には……ワッペンを剥ぎ取ったような跡がある。
そして襟のところには伍長の階級章があった。
ヴォイテク伍長、というわけだ。
確か前世の世界にもいたな、とミリオタの記憶を呼び覚ます。第二次世界大戦中、ポーランド軍の兵士と共に戦った勇敢なヒグマが。
「ええと、俺はラウル……です」
「ラウル、ラウルか……”助言者”と”狼”を意味する言葉から生まれた名前。良い名前を付けてもらったじゃあないか。ん?」
ラウルって名前の由来そういう意味だったんだ……。
などと自分の名前の成り立ちを初めて知って感心していると、ヴォイテクの視線がユリウスとロザリーの2人の方へと向いた。
びくり、とロザリーが身を震わせて、俺の後ろに隠れる。
ちょっと拙いかもな、と思った。
空軍のジャケットに伍長の階級章……そして明らかに普通の獣人とは違う鍛え方をしている強靭な肉体と微かな威圧感から察するに、彼は本職の軍人、あるいは元軍人と言ったところか。見たところ既に年齢は20代後半から30代前半、天地戦争末期に従軍した兵士である可能性は極めて高い。
そんな彼が、子供とはいえ竜人を見て何もしない筈がない。ユリウスたちを乗せた疎開船が撃墜された事実を考慮すると、この世界の軍人の倫理観は前世の世界と比較するとよっぽど酷い……多くの国際法が形骸化している事が窺い知れる。
人間は、己を縛り律する秩序が無ければ簡単に獣に成り下がるのだ。そして秩序とは欲望を抑え込み文明を維持するための最後の砦である。
さて、そんなガバガバな倫理観の世界で戦ってきた軍人がどういう行動をとるのか……警戒しながらいつでも逃げられるように備えていると、ヴォイテクは空になった酒瓶をダンプポーチの中に放り込むと、いい具合に火が通って美味そうな脂を煌めかせる鮭の切り身が刺さった串を手に取って、持参した塩胡椒の瓶を取り出し中身を振りかけてから、こっちに差し出してきた。
「安心しろ、そっちの竜人の2人に手なんか出さない」
「……信じていいんですか」
「ああ」
「……」
本当だろうか、といまいち信じきれないでいると、ヴォイテクは俺の傍らに置いてあるイサカM37に視線を向けてポツリと呟く。
「―――イサカM37、アメリカ製ポンプアクション式ショットガン」
「……!?」
一瞬、耳を疑った。
この世界にも一応、銃は存在する。しかしそれはボルトアクション式だったり単発銃だったり、もっと古い前装式だったりと統一性がなく、また銃そのものも過去の文明の遺構から”発掘”しない限りは自力での生産は難しいという有様で、まともに量産できるのは単発銃やマスケットのような構造が単純なものばかりだ。ボルトアクション式ならばまだしも、自動小銃や機関銃のような装備はよほどの大国か、国内に旧文明の遺構を多数抱えているような国でもない限り数を揃える事すらままならない。
この辺の村に駐留している騎士や冒険者だって、主力の武器が刀剣で、銃を持っていればレア物扱いなのだ。
そのレベルの文明社会の人間が、何をどう間違えれば異世界のショットガンの型番と製造国を言い当てるというのか。
嘘だろ、とヴォイテクの方を見ると、彼はこれ見よがしに取り出した大きなトレンチライターで煙草に火をつけた。おそらく12.7㎜弾の空薬莢で自作したものに違いない。
「安心しろ、俺もお前の同類だ」
「まさか」
ヴォイテク……この男も俺と同じ転生者なのか?
ちらり、とロザリーの方を見た。
ロザリーもユリウスも、カタコトではあるがスパーニャ語はある程度話せるようになっている。しかしさすがに転生者という単語の意味は理解できていないようで、ヴォイテクが初対面の相手に衝撃的な情報をカミングアウトしているというのに何も理解できていないようだった。
「だからまあ、何だ。俺は他の奴らとは違うよ」
「……信じていいんだな」
「信じてくれ」
「……分かりました」
息を吐き、彼の差し出す鮭の刺さった串を受け取って最初にロザリーに渡した。
「これ、魚?」
「うん、鮭。しらない?」
「中の赤い魚、しらない」
「そうなのか?」
「鮭、メルキアにいない」
そういえば、この2人浮遊大陸出身だった。
2人の故郷である”メルキア大陸”は浮遊大陸最大サイズの大陸とされており、そこに竜人たちの聖都”メルキア”が存在する。聖都、と呼ばれているが実質的には首都だ。という事はこの2人も都会っ子なのか、それとも郊外の田舎出身なのか。
いずれにせよ、浮遊大陸である以上はそもそも領内に川か湖しか存在しないだろう。だから竜人にとって海とは常に眼下に広がる存在で、塩を調達するには地上に降りるか塩湖を持つ大陸を頼るほかなかったに違いない。メルキアで塩はさぞ高価であった事だろう。
ということは淡水魚しか知らず、そもそも海の魚を知らない可能性もあるのか……。
美味しいよ、と教えてあげると、ロザリーは恐る恐る鮭に口を付けた。
「……美味しい!」
「だろ?」
ほらユリウスも、と彼の分の鮭を差し出すと、ユリウスはまだ警戒しつつもそれを受け取って口へと運び、「あ、美味いじゃんコレ」みたいな顔をした。ユリウスはしっかり者で冷静沈着だがツンデレの素質があるらしい。
「鮭、たくさん獲れたし半分はその2人にやるよ。燻製にでもして保存食にするといい」
「いいんですか、こんなにいっぱい……」
「なあに、俺と仲間の分としては十分だし、あまり大量に乗せ過ぎたら重くて船が飛べなくなっちまう」
「……船?」
「あ、言ってなかったか」
スパー、と煙を吐き出してから、ヴォイテクはそれを携帯用灰皿の中に押し込んで、今度はぶっとい葉巻を取り出した。先端をカットしてトレンチライターで火をつけ、手慣れた感じで煙を吹かす。
「俺、今は軍を辞めて冒険者やりながら運送業を副業でやっててな。軍の払い下げた空中艦を改装してまあ、地上だったり浮遊大陸だったりで手広くやってるよ」
ちょっと待て、さらりととんでもない事言ってないかこの人?
軍の払い下げの空中艦……ってアレか。戦時中も戦後も、現在進行形で村の上空を通過していくアレか。軍が払い下げたアレを改造して運送業やりながら冒険者やってる?
ちょっと信じられない。軍艦を民間に払い下げるなんて……前世の世界で事例がないわけではないと思うが、こっちの世界では当たり前の事なのだろうか。
「こないだもこの辺の孤児院にサラミとチーズを15箱くらい納品したところでな」
「あ、だからこないだサラミとチーズがあんなに」
「お前エルマータ孤児院のガキだったのか」
「そうだよ」
それよりこのデスヒグマすげえことやってんな、と思いながら話を聞いていた俺の脳裏に、ふと電撃が走る。
「……ヴォイテク伍長」
「ヴォイテクで良いよ。敬語もいい、もう軍人じゃあねーからな」
「……ヴォイテク、頼みがあるんだけど」
「なんじゃい」
切り身にした鮭からとったのだろう、バケツ一杯のイクラを幸せそうに頬張るヴォイテクは、スプーンを口へと運ぶ手を止めた。
「この2人をメルキアまで送り届けてやることは……可能だろうか」
「メルキアまで?」
竜人の生存圏最大の浮遊大陸、メルキア。
ユリウスとロザリーの故郷は、そこにある。
2人のいるべき場所―――再び故郷の土を踏む事は2人にとっての幸せなのだろう。俺もそれを望んでいる。
なのにどうしてだろう……こうもはっきりと、”別れ”の訪れを知覚すると胸の中に穴が開いたような気分になってしまうのは。
「まあ、配送のついでで良いってんなら」
「ありがとう……お金、ちょっとしか払えないけど」
「バーカ、ガキから金取るほど鬼じゃあねーよ俺は。無償でやってやる」
「……マジで?」
「マジだ。出航は3日後、この森の北にある平原に船を係留してある。3日後の15時までに2人を連れてこい。時間厳守だ、遅刻したら置いていくからな」
首を縦に振り、ユリウスの方を見た。
単語を聴きとってある程度事情は理解していたのだろう。彼も頷くと、ヴォイテクに向かって深々と頭を下げ「ありがと、ございます」と片言のスパーニャ語で礼を述べた。
「……ラウル?」
ぎゅっ、とロザリーが俺の手を握る。
「……お別れ?」
「……まあ、な。でも大丈夫、いつかまた逢える」
寂しそうにしながら俯くロザリーの頭に手を置いて、優しく撫でた。
「冒険者目指してるんだ、俺。15歳になって資格取ったら、旅をしながらロザリーに逢いに行くよ。約束する」
だからそんな寂しそうにすんなよ、と微笑むと、瞳に涙を浮かべそうだったロザリーは真っ白な指で涙を拭い去り、花のように笑顔を咲かせた。
「ん、ラウル待ってる!」
「約束な」
「ん、約束!」
どす黒いオーラを発しながらこっちを睨むユリウスに少し気圧されつつも、ロザリーの手をぎゅっと握って約束を交わす。
いつの日かまた、あの雄大な空の下で。
しかし―――寂しくなるもんだ。
じゃあね、と2人に手を振って廃屋を離れ、孤児院へと徒歩で戻る。
門をくぐるなりマチルダ先生が笑顔で出迎えてくれた。お友達はどうだったの、とか、そういう事は聞いて来ない。あまり個人のプライベートなところまでは踏み込んでこない人なのだが、今はその距離感が心地よかった。
ヴォイテクとの出会いから1日が過ぎ、いよいよ明日はユリウスとロザリーとの別れの日だ。
次に会えるのは早くて5年後……それすらも甘く見積もった期間で、実際はもっと遅くなるだろう。それまでロザリーは俺の事を覚えてくれているだろうか。スパーニャ語で話をしてくれるだろうか。
いや、俺も歩み寄ろう。今度は俺が竜人語を勉強して、彼女たちの言葉で話すのだ。
そうと決まったら竜人語を勉強しよう。独学でもいい。異なる言語を喋る相手は、放している相手が自分たちの言葉で話してくれると嬉しくなるものだから。
マチルダ先生が正門に施錠して、俺に続いて孤児院へと入ってくる。
そろそろ夕飯の時間だ。ヴォイテクから分けてもらった大量の鮭は半分をユリウスとロザリーに譲り、残った分は孤児院の食料の足しになればと全てマチルダ先生に渡してある。
今夜は珍しくスープっぽい匂いだ。この脂の濃厚な香りは……早速貰ったばかりの鮭を使ったらしい。こりゃあ夕飯が楽しみだ。
ぐう、と腹の虫が鳴ったその時だった。
カン、カン、カン……遠くの村の方から、必死に打ち鳴らすような鐘の音が聞こえてきたのは。
この鐘の音って確か……魔物が出た時の警鐘じゃなかったっけ。
戦時中、何度か農場にゴブリンが迷い込んだ際に打ち鳴らされたそれに意識を向けていると、ドンドン、と誰かが孤児院の正門を叩く音が聞こえてきた。
「マチルダ先生、マチルダ先生!」
「ホセさん、いったいどうしたんです?」
正門に駆け寄ったマチルダ先生が開錠するなり、門の向こうにいたのは木こりのホセおじさんだった。いつも孤児院に薪とか、あと森で採取した山菜やらキノコやらを届けてくれる人なので顔は知っている。
血相を変えながら、ホセおじさんは捲し立てた。
「た、大変だっ! り、リオの森の西にトロールが現れたって……!」
「トロール……!?」
「下手をすれば村に来るかもしれない。子供たちを集会所へ避難させるんだ!」
「大変……! 分かりました、すぐに―――あ、ラウル!!」
リオの森の西―――そう言われた途端に、勝手に身体が動いていた。
だって、だってそこには。
ユリウスとロザリーがいるのだ。
民間への軍艦払い下げ
100年に及ぶ天地戦争は、竜人と獣人に多額の負債を遺した。占領地の全てを喪失した竜人連合軍と、占領地の奪還に成功したものの竜人側の3倍に及ぶ損害を出した統一獣人戦線。戦後、両軍は軍備の再編に奔走したが、戦時中に規模の肥大化した軍を維持するのは極めて困難であった。
戦争が終わり冒険者界隈が活性化すると、両軍はこれに目をつけた。余剰となった艦艇の武装を全て取り外し、民間へと払い下げる事で維持費を浮かせつつ少しでも収入の足しにしようとしたのである。そのため天地戦争後では空中艦を保有する冒険者ギルドは珍しい存在ではなくなったが、同時にそれらに再武装を施し無差別に攻撃と略奪を行う【空賊】の発生も招いてしまう結果となった。




