プロローグ 女神さまからの贈り物
俺にとって救いだったのは、痛みすら感じる前に死ねた事だろうか。
やっぱり死んだ……よなぁ、と思う。きっと明日の朝、東京の一角でエナドリ漬けの社畜×1がトラックを神回避したかと思いきや別のトラックに着地狩りされて死にました、とかいう笑っていいのかダメなのかいまいちよく分からないラインのニュースが30秒くらい、アナウンサーの無機質な声で読み上げられて終わるんだろうな。
皆悲しむかな……実家にいる家族の事を思い出し、溜息をつく。
ところで、ここは何処なのだろうか?
まあ間違いなく、俺はトラックに着地狩りされて死んだのでここが死後の世界というのは間違いない。けれども死後の世界といえば三途の川だとかお花畑とか、あるいはもっとシンプルな光に満ちた世界というのを想像していたのだが、目の前に広がるのはそういう世間一般的な『あの世』のイメージを根本から覆す風景だった。
円形の薄暗い広間の中、プレート状のよく分からない機械が等間隔に並んで、さながら死者を弔う墓石のよう。その黒いプレートの列の間からは蒼い光を放つ彼岸花のような物が無数に生えているが、よく見るとそれは実体がなく、SF映画に出てくるようなホログラムである事が分かる。
そしてひときわ目を引くのは、広間の中心に設置された物体だ。
蒼い光を放つ円筒状の巨大な機械で、根元には木の根のようにケーブルが繋がっている。
なんだあれ、と眺めていたその時だった。
墓石のようなプレート型の機械の影から、ひょこっ、と小さな影が顔を出したのである。
白いドレスと、あとロシア人がよくかぶっているアレ……たしか”ウシャンカ”だったか。それを被った蒼い髪の女の子だ。子供、というわけではなく、アニメキャラを二頭身にデフォルメしたような姿をしている。
『あー、死人だー!』
『は?』
いきなり指を刺して大声で言う蒼い子。
確かにそうだけど……いや、俺やっぱり死んだんだな、と現実を突きつけられて足が竦む。
唐突に、奥にあった蒼い円筒状の機械が光を放った。その光の中から現れたのは、あの”蒼い子”と同じく真っ白なドレスに白いウシャンカを身に纏う、蒼い髪の綺麗な女性。
透き通るような肌はまるで雪のようで、お尻まで届く長さの波打つ蒼い髪は雄大な海原を体現するかのよう。まるで全てを受け入れ、包み込む女神のような印象を与えられるけれど、でも前髪から覗く紅い目がそれを否定しているようだった。
どことなく無機質で、他者を寄せ付けない冷たさがある。
『え、ええと……あなたは?』
『初めまして、川端明さん』
『なんで俺の名前を……?』
問いかけるけれど、彼女は何も答えない。
ゆったりとこっちにやってくる彼女。思ったよりも背丈がある―――というか、ちょっとデカい。身長は目測で2m以上あるし、背丈以外も色々とデカい。ソシャゲのキャラか何かだろうかってレベルである。
身を屈めて俺の顔を覗き込む彼女。興味を持たれているというよりは、機械が無機質に”分析”しているようにも思えた。
『あ、あなたは……もしかして女神様か何か?』
『……まあ、そういう事にしてください』
否定はしないが、なんだか「もうめんどくさいからそれでいいよ」といったような感じだった。
『川端明さん……死因は居眠り運転トラック神回避後の着地狩り』
『あ……ハイ』
『享年25歳。あまりにも短い人生でしたね』
『……ッスね。正直、もっとやりたい事とかたくさんありました』
実家に帰って家族の顔が見たかった。
彼女を作って、結婚して、家庭を持って子育てとかしてみたかった。
他にも色々ある。東京より西に行った事が無かったから、京都とか大阪とか博多とか鹿児島とか沖縄とか、色んなところに行ってみたかった。社会人ってお金と時間に余裕があるものだと思っていたが、案外そんな事は無かったよ。
自分の死を自覚すると、後悔が沸々と湧き上がってくる。
『ですが、貴方を元の世界に戻す事は出来ません』
『……でしょうね』
『その代わり、貴方を別の世界に生まれ変わらせます』
『異世界転生ってヤツですか?』
『ええ。流行ってるのですか?』
『そりゃあもう』
『では話が早い』
ここまで話が進み、目の前の”蒼い女”はやっと笑みを浮かべた。
先ほどまでの機械じみた無機質さを微塵も感じさせない、柔和で慈愛に満ちた笑み。
『ただ転生させるわけでもありません。一般人を異世界に転生させたところで、始まるのはサバイバルですので』
『まさかチート能力とかくれるんですか?』
『手を出してください』
『?』
言われるがままに右手を前に出すと、唐突に目の前にゲームのメニュー画面のようなウィンドウが表示される。
画面の中には『武器生産』、『装備』、『ステータス確認』の3つのメニューが縦に並んでいる。
ゲームの画面を思わせたが、生前にやってたゲームのメニュー画面でももっと複雑でごちゃごちゃしていたのを思い出す。これでは必要な機能以外を全部削ぎ落したかのようで、あまりにもシンプルであり過ぎた。
恐る恐るそれに手を伸ばし、武器生産をタッチ。すると画面が切り替わり、ずらりと大量の武器が表示された。
『!』
大量の銃の画像が名前と共に表示される。
M16がある。AK-47がある。SCARがある。
大昔の黎明期の銃から最新の銃まで―――それだけではない。戦車も戦闘機も、その能力で召喚できる装備一覧の中に含まれていた。
『あなたの記憶を基に、こちらで”ユニークスキル”を生成しました』
『ユニーク……スキル?』
『転生者だけが持つ固有のスキルです。原則として転生者1人につき1つだけ持つ特別なもの―――貴方のそれは、ユニークスキル【原初の火薬庫】。その通り武器や兵器を無尽蔵に召喚できるものです』
本物なのか、と思いつつ画面に表示されていたM16をタップ。すると両手にずっしりとした感触が生じ、いつの間にか両手の上にベトナム戦争でアメリカ軍が運用したアサルトライフル『M16A1』が召喚されていた。
サバゲー用のエアガン……では、ない。まるで工場で組み立てられ、今まさに軍へと出荷される直前の状態の、真新しいM16だった。
『すっげ……』
『さて、それではそろそろ異世界に転生させます』
『え、あ、ちょ』
『まず、貴方は赤子の状態からスタートします。そして15歳になった段階で、貴方専属の【巫女】が迎えに行くでしょう。詳しい説明は彼女がやってくれますから、まずは異世界に慣れ、生き抜く事を目標としてください』
『待って、あの、まだ心の準備が―――って、赤ん坊からやり直すってどういう』
ドン、と足元の床が砕けた。
舞い上がる蒼いサファイアのような結晶の破片。眼下に広がるのは、強く輝き渦を巻く蒼い光の海。
女神を名乗った”蒼い女”の姿はもはや遥か頭上だ。終わりのない落下感に苛まれつつも、M16を抱えながら閃光の向こう側を睨みつける。
正直、何が起こったのか自分でも整理がついていない。
異世界転生がマジで存在した、という事もまだ信じられない。夢じゃないか、とすら思う。
だが―――もしこれが全て現実なのだとしたら。
『やってやる』
生き抜いてやる。
異世界を。
そして後悔しないように、第二の人生を生きてやるのだ。




