●第五話 未開惑星保護条約違反?
「く、クロ、メディカルスキャンだーっ! 急いでくれ!」
「いや、必要ないよ。頸椎の骨折による死亡だね。最新の設備のメディカルポッドでもこれは治療できないよ」
「ハルト……あなた……」
「い、いや、そんなに力は入れてないよ? あれ? 変だな」
体中から変な汗が出てきた。
「ええ、それは分かってるわ。随分と華奢な個体だったのかしら。でも、だったら、なんであそこまで攻撃的だったのか、理解に苦しむわね」
「まったくだよ。弱っちいくせに、自分より大きな種族に、しかも二対一だよ? ハルトともそんなにビビらなくたって、これは銀河同盟基準の高等知的生物には入らないから、殺人罪にはならないよ」
「ほ、ホントに?」
「うん」
「そうね。これは正当防衛も成立すると思うわ。いくら原始的な武器であっても、殺傷能力はあるわけだし」
「そうか、ふう、そっかそっか、ああー、焦ったぁ」
「でも、私としては不用意な接触をするより、逃げた方が良かったと思う」
「だね。ボクらの目的って、水の探索でしょ? 外交ごっこや未知との遭遇ごっこは、水が手に入ったあとでもいいじゃないかな。ぷくく」
「クロ、お前なあ」
「さすがにちょっとそれは言い過ぎよ、クロちゃん」
「あはは、ごめんごめん。でも、おっかしくてさあ」
「クロ、管理者権限による命令コマンド、人間への過度な侮辱は禁止を追加しろ」
「んー、じゃあ一応、受理しておくよ」
「はぁ? お前、まさか俺の命令を拒否できるのか?」
「うん。だってほら、昨日クローディアにもセキュリティを強化しておけって言われちゃったし」
「管理者の俺に対してセキュリティを上げてどうするんだよ!」
「待って、確かにこの場合は問題だけど、ハルトがいつも正しい命令を下すとは限らないわけでしょ」
「でも、そんなことを言ったら、誰もクロに言うことを聞かせられなくなるぞ」
「じゃあ、こうしよう。クローディアが同意するなら、ボクもハルトの命令に従うよ。命令コマンドは強制的に実行できる命令だから、取り扱いは慎重にしたいしね」
「いやいや、お前が拒否してる時点でもうこれは強制とは違うじゃないか」
「んー、普通のお願いや命令と違って、強制力は一段上なんだけどね。まぁ、これは検討対象として、またあとで話し合おうよ。それより、さっきより大型の生命反応が接近してる。ボクはこの場から速やかに離れることを推奨するよ」
確かに、ここで今話し合いをしている場合ではなかった。またおかしな原住民もどきに攻撃されたら、俺の罪悪感がマックスになってしまう。
「あっ、ハルト、クローディア、ここから東に水のせせらぎが聞こえるよ。行ってみようよ」
「それは構わないけど、クロちゃん、あなたこの惑星の方位はどうやって計測しているの」
「おっと、そういえば、アーシアと同じ環境とは限らないんだよね。いやあ、ついうっかり、アーシア基準の磁場を測定して、方位を言っちゃった。でも、東西南北はちがっていたとしても、水の音は間違いないよ」
「なら、迷う必要もないな。音のする方向へ進もう」
「そうね」
しばらく進むと、果たして本当に渓流があった。
「どうだ、クロ、飲めそうか」
眺めて、次に鼻でクンクンしたあと、小さな下でペロペロ。
「オッケー。問題ないよ。綺麗な水だ」
「助かった……!」「良かった……!」
俺もクローディアも、それほど表面上は切羽詰まっていないように振る舞ってはいたものの、内心では薄氷の上を歩いているような緊張を抱えていた。
脱出艇のシステムはもはや再起不能、通信装置も軌道上とのリンクは完全に途絶えている。生存信号を発信できたとしても、この星の位置が正確に登録されていなければ、救助船が来る見込みは限りなくゼロに近い。
つまり、俺たちは『サバイバル生活で生き延びる』しか選択肢がないのだ。
ポリ袋に水を汲み、袋の上を縛って水筒代わりにした。
作業が終わって一息ついたところで、クローディアが言う。
「ねえ、ハルト。さっきのゴブリンたち、もしかしたら文明の入り口かもしれないね」
「文明、ね……。あれが?」
「少なくとも、私たち以外の『知性を持つもの』がいるってこと。それだけでも、完全な孤立じゃなくなるわ」
言葉の端に、ほんの僅かな希望があった。だが同時に、その“知性”が敵対的なら、希望は脅威へと裏返る。
俺はハンドガンを握り直し、森の奥を見つめた。
木々の影が揺れ、風が鳴る。その音の中に、どこかでまた、あのギーッ、ギーッという耳障りな鳴き声が混じっていた気がした。
「探索を続けよう」
「ええ、そうね」
「賛成!」
俺たちはこの渓流に沿って下ることにした。
そこにもっと高度な文明があることを信じて。




